第26話 守る理由

 リーヴァの説教は、それから程なくして終わった。


「分かった? これからはふたりとも、ちゃんと自分のことを大切にしてね?」

「……はい、お母様」

「気を付けます」


 リィナが目を逸らして答え、俺も罪悪感に襲われながらの謝罪をする。

 どうにも、リーヴァ相手だとやり辛い。何というか、他の人とはまるで違うものを持っている。無性に暖かく、心の中が穏やかになっていくような気がする。


 その正体を探りたくてリーヴァを見上げると、ちょうど笑顔を浮かべたところだった。


「よし、ふたりもちゃんと見つかったし、一安心ね。ちょうどこの下でみんな頑張ってるのよね?」

「あ、はい。今リアサ先輩が、その、魔物たちをボコボコに」

「あら? リアサちゃん、行っちゃったの? リィナを任せるって言ったのに……」


 レイカの報告に再びリーヴァが不機嫌そうになるのを見て、慌てて弁明する。


「いえ、リアサ、さんは俺にリィナを任せる、と言って行きましたので。そのおかげで下は助かったみたいですし」

「そうなの? なら、いいかもしれないわね。リネル君になら、任せられるもんね」


 両手を胸の前で合わせて嬉しそうに微笑んだリーヴァを見て、リィナが目を吊り上げた。


「それはどういうことですか、お母様。私はリネルなんていなくても自分で自分のことくらい守れます」

「もう、駄目よリィナ。そこはちゃんと守ってもらわないと」

「どうしてですか!」

「それが女の子だからよ」

「意味が分かりません!」


 相変わらず姉妹喧嘩にしか見えないそれを、レイカと小さく笑みを浮かべ合いながら眺める。下では激しい戦闘が繰り広げられているというのに、何とも和やかなことだ。


 そう思っていたのも束の間。何かに気付いたらしいリィナがリーヴァとの口喧嘩を切り止め、手すりに走り寄る。


「ああ! わ、私の庭園に魔物たちが!」


 そして大声を上げ、指差した方向に目を向ければシンラ・カクには珍しい、地面に建てられた小屋と、そのすぐ隣に大きなガラス張りのドームが見えた。一応視界には入ってたのだが、リィナの庭園だったらしい。紅茶を育てているなどと言っていたので、もしかするとあそこに植えてあるのかもしれない。

 

 そして、リィナが魔物がと叫んだ通り、その方角に向かって行くスピアーモンキーの姿が見えた。ドーム自体が大きいため、重要施設か何かと勘違いして襲っている、んだろうか。


「と、止めなきゃ!」

「お、おいリィナ、やめろ!」


 ベランダの手すりに足をかけたリィナを、脇に手を入れて慌てて止める。


「放しなさい!」

「いや無理だろ! ここから飛び降りさせるわけにはいかない!」

「リネルだってやろうとしてたでしょ⁉ それにリアサに出来たのよ、私にだってできるわ!」

「ほ、本当に危ないからやめてくれ!」


 リアサのような着地が誰にでもできるわけがない。実際、俺だってもっと手前から減速をかけて受け身までしっかりとるつもりでいた。リィナが俺よりも魔法の扱いに長けているとは思えない、と言うか思いたくないので着地は困難なはずだ。


「リィナ殿下おやめください!」

「そ、そうよリィナ! 壊されても、また作り直してあげるから!」

「嫌です! あそこには、あそこには私が頑張って育てた植物たちがいるんです! 諦められません!」


 俺の腕の中で暴れ、今にも手すりから落ちてしまいそうなリィナは、涙目になりながら叫んだ。


「あれだけは、あれだけは駄目! リネル放して! 後で何でもしてあげるから! もう我が儘言わないから!」


 必死になって叫ぶリィナ。その言葉が嘘でないとしたら、リィナは……。


「分かった」

「じゃあ!」

「でも、リィナは行かせられない。代わりに俺が行く」

「え?」


 驚いた顔のリィナを見て、力が弱まったのを確認して勢いよくベランダに引き戻す。そして、リィナと入れ替わりようにベランダの手すりに足をかけ、空へ飛び出した。


 これじゃあさっきのリアサと同じだよなと思いつつ下を見れば、リアサと目が合ってしまった。かなりの距離があるというのに、よくも俺を見つけられたものだ。

 ちょうどスピアーモンキーたちと交戦を続ける戦士たちと合流するところらしい。あっちは、任せても大丈夫そうだな。ならこっちは任せておけよと言う意味を込めて笑ってやれば、リアサは何をするでもなく振り返り、戦闘に参加した。

 リィナを任されたのにそれを投げ捨てて、聞こえなくとも文句のひとつでも言うかと思ったのだが、口が動いた様子もなかった。許された、ってことだろうか。


 まあ、今はそんなことはどうでもいい。


 「《エア・フライト》」


 減速をかけて地面すれすれで完全に勢いが止まるようにし、着地。それから地面を蹴って走り出し、ドームに向かうスピアーモンキーたちの背中を負う。

 スピアーモンキーたちは手足が長い分移動も早いが、全力を出した俺ほどではない。全部で十数体のスピアーモンキー程度、すぐに終わらせてしまおう。


「《エア・スラッシュ》」


 まず1体、その背中を切り裂く。足が止まったところを追い越し、すれ違いざまにもう1度エア・スラッシュを放って止めを刺す。


「ん?」


 なんか今覚えのある魔力を感じたような……気のせいか?


 ようやく俺の存在に気付いたらしい他のスピアーモンキーたちが足を止めた。そうは言っても走り続けるのは疲れるため、止まってくれて助かったな。

 さらに言うのなら、その止まる瞬間は隙でしかない。その隙を逃すことなく、俺は魔法を連発する。


「《エア・ブラスト》《エア・ブラスト》《エア・ブラスト》!」


 それぞれ炸裂した爆風は、スピアーモンキーたちの体を揺らす。

 どれだけ足が速くても、足止めしてしまえば意味がない。どれだけ数が多くても、勢いを奪えば脅威じゃない。

 隙だらけになったスピアーモンキーたちに向けて、俺は両手のひらを向ける。


 普段は中々使う機会が無い、発動に時間がかかる上に扱いが難しい魔法を使ってやる。

 スピアーモンキーたちは俺が構えた魔力を見てか慌てて距離を詰めようとするが、もう遅い。


「《リヴェラル・ノヴァ》ッ!」


 発動から数秒経ってようやく届くその魔法。

 自身の前方180度のほとんどを覆う範囲を持つこの魔法は、風属性の上位属性にあたる空間属性の魔法。不可視の爆風を放ち、正面に見える敵を一掃することが出来る。

 ただ、乱戦では味方を巻き込むうえ、狭いところでは自分にも被害が出かねない。これだけ広く、かつ敵が怯んでいるといった状況でしか使えない何とも扱いにくいもの。


 そんな魔法は前方の地面をわずかに抉り、スピアーモンキーたちを消し去った。

 もちろんドームに当てるようなミスはせず、その破壊はドームの手前10メートルほどで終わった。


「とりあえず一安心、かな」


 リィナが、シンラ・カクの外に出たいという願いを諦めてまで守りたいと思った場所。

 とっさに飛び出してきてしまったが、リィナはどうしているだろうか。ちょうどお礼をしようと思っていたところだし、喜んでもらえるといいのだが。


「にしてもでかいなこれ。ひとりで全部管理してるのか? だとしたら凄いな、リィナは。俺には到底――」


 無理だ、と言おうとした俺の言葉を遮ったのは、明確な殺意だった。


「《サンド・カーテン》」


 なぜか確信があったのは、感じた魔力に覚えがあったから。振り返るよりも早く背後に作り出した土の壁に、紫色の電撃がぶつかるのが見えた。そして、見上げる。

 予想通り、そこにいたのはフード人間だった。すでに両手に次弾の魔法を備え、その顔は見えなかったが、こちらを見下ろしている。恐らく、フードの下では嫌らしい笑みを浮かべていることだろう。


「小僧、生きていたか。あの程度で死なれて興覚めしていたが、くくっ、取り消しておこう。貴様は十二分に面白いやつだ」

「……お褒めに預かり光栄だな」


 今の今まで姿を隠していたくせに、俺を見つけて飛び出してきたということだろうか。だとしたら案外感情的なやつなのかもしれないが、まあそんなのはどうでもいいな。


 俺は今、絶対に守らなければいけないものを背負っている。逃げるわけにはいかなかった。


「今度こそ、お前を倒してやるよ」

「それはこちらの台詞だ、小僧」


 笑みを含んだそんな言葉に、俺は身構えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る