第25話 戦士リアサ

 戦場に舞い降りたリアサは、すぐに視線を巡らせた。

 正確に言えば巡らせたのは視線ではなく、意識なのだが。


 帯の裏で開いた眼に、周囲の魔力の流れが映る。そこにははっきりと、戦場を駆け巡る魔力が視えた。


「リアサパイセン? こんなところで何してるんすか? リィナ殿下はどうしたんすか!?」

「……大丈夫、リネルがいるから」

「リネルって、確かリィナ様の婚約相手の……って、パイセン⁉」


 戦場に到着すると、真っ先に顔見知りの兵士に声をかけられた。顔見知りと言っても顔は知らない。ただ、魔力の質感で誰かが判別できるというだけ。そんな兵士の制止を聞かず、リアサは兵士たちの背後を取ろうとする魔物たちに接近する。

 あの低木たちの裏に、30匹ほどいるのが分かる。


 すべての魔物に深く刻まれた刻印があった。リネルの話を聞く限り、これは魔物を操作するためのもの。実際、外部から常に微弱ながら魔力が送られてきている。見たことが無い流れ方だからすぐに分かった。

 細い糸で繋がれた手綱は、一点に集中している。その流れの先に、魔物を操る大元がいるはず。


 ……さて、現状把握は終わった。ならば、すぐに仕事を終わらせよう。


「あー、ダル」


 小さくそう零した直後、強く地面を蹴ったリアサは低木を越え、スピアーモンキーの群れの上空へと躍り出た。


「《エア・ブラスト》」


 静かに詠唱が告げられ、放たれた風の塊が群れの中心に突き刺さり、砂埃を纏った爆風となってスピアーモンキーたちを吹き飛ばす。そうしてできた空間に着地したリアサは、大きなため息を吐いた後、両手に魔力を込め始めた。


「とりま、そーじを済ませちゃおっか」


 そうして始まったリアサの戦闘を、リネルたちはベランダの上から眺めていた。


「お、おい、単身で突撃していったぞ!」

「大丈夫、でしょうか?」

「問題ないって言ってるでしょ? シンラ・カクの兵士の中で、勝てるとしたらリチャードと数人くらいよ」


 リチャードと言う名前を聞いたのは何度目か。軍事顧問だったはずだが、現役なのか? そうだとして、そんな実力者を持ち出さないと比較にならないって、リアサはどれだけ強いんだよ……。


「と、と言うかそれでも苦戦しませんか? かなりの数の魔物に囲まれているみたいですよ? た、助けに行った方がいいんじゃ?」

「大丈夫だって言ってるでしょ? 少しは落ち着きなさい」

「で、ですが! 先輩が!」

「見てれば分かるわよ、見てれば」

「うぅ……」


 リィナにそう言い切られて煮え切らないらしいレイカは、複雑そうな表情のままで戦場を見下ろした。

 俺もレイカと同じ意見で、正直不安ではあるのだが、リィナがここまで断言するのだ。それに、リアサから感じた不思議な感覚、あれを信じてみたいと思った。


 戦場では、今まさにリアサを取り囲む魔物たちが一斉に攻撃しようとしているところだった。


 先陣を切ったスピアーモンキーが地面を蹴って跳び上がったのを見て、リアサは半歩身を逸らすことでそれを躱し、着地したスピアーモンキーの後頭部に手のひらを向ける。そして、避けられたことに遅れて気付いたスピアーモンキーが振り返った瞬間、容赦なく魔法を放つ。


「《エア・スラッシュ》」


 風の斬撃、不可視の一手がスピアーモンキーの顔を直撃し、風圧に流された亡骸が地面に倒れた。

 続いて3体、同時にリアサの背後から攻撃を仕掛ける。が、それが分かっていたかのように、空いていたほうの手をそちらに向けた。


「《エア・ブラスト》」


 先ほどは地面に向けて放った魔法を、今度は生身で受けることになった魔物たち。その一撃で肉体が粉々になることはなかったが、かなりの勢いで吹き飛ばされ、10メートル以上離れていた木々にそれぞれ背中を打つ。

 砕け散った幹の隙間に、青っぽい血が滴った。


「で、次誰?」


 再び両手に魔力を込めながら、リアサは周囲に向けて問いかける。


 圧倒的な実力を見せたリアサに対し、スピアーモンキーたちは恐れることなく突撃する。それこそ、恐怖を感じることが無いかのように。誰かの意のままに動く、人形のように。

 しかし連続して飛びかかってくるスピアーモンキーたちに対し、リアサはその行動を先読みしているかのようにいなしては反撃、いなしては反撃を繰り返していく。例え四方から同時に攻撃されても、高く跳び上がることでそれを躱し、両手の魔力を魔法として放つことで一掃する。

 そんな光景が、5分ほど続いただろうか。リアサの目の前に残るのは、魔法の余波を食らって傷を負ったスピアーモンキー、ただ1体になっていた。


「……」


 そんなスピアーモンキーを見つめ、リアサはリネルの考えが正しかったことを実感する。

 普通、多くの仲間がここまで一方的にやられれば、すぐにでも逃げ出すはずだ。どれだけ賢くない魔物でもそれくらいの判断は出来る。けれど、1体だけ残され、更には手負いだというのに、今なおこいつは向かって来ようとしている。

 捨て駒と言わんばかりに、あっさりと命を捨てさせられてる。


 敵となれば倒すのが仕事だが、無情な意思に従わされたその行動に、心が痛まないわけではなかった。


 スピアーモンキーに付けられた刻印。そこに繋がれた糸がピンと張られた瞬間、スピアーモンキーの体は跳び上がる準備を始める。足裏に集中した魔力が一気に膨らんだ。


「キィィィィーーー!」


 甲高い鳴き声を上げるとともに跳び上がったスピアーモンキーに対して、リアサは迷いなく狙いを定めた。


「《エア・スラッシュ》」


 その一撃をもって、リアサの周囲から戦闘の音が消え去った。



 その一連の戦闘を見終わって、リネルは一言こう呟く。


「化け物だな……」


 きっと、俺は今引き笑いでも浮かべていることだろう。

 魔物の動きのすべてを先読みし、それに対して正確すぎる反撃を行う。魔力の流れがはっきりと見え、その上で冷静すぎる対処をする。リアサの患った魔眼病の特性、そして彼女自身の実力が合わさってやっと実現する異次元の戦い方だ。とても真似できない。

 隣を見てみれば、驚いて口が塞がらない様子のレイカと、自分事のように誇らし気なリィナがいた。


「ほらね、言ったでしょ? ずっと私の傍付きをやっていただけあって、リアサは優秀なのよ」

「まさか、先輩があんなに強かったなんて……もしかして、リィナ殿下の傍付きを辞めたのは正解だったのでは? あんなことを求められても出来る気がしません……」


 などなど、思い思いに口にしていた。

 リィナの意見はともかく、レイカの意見はもっともだ。

 ただの傍付きに求める実力じゃあない。護衛としても過剰すぎるくらいではないだろうか。


「あんなのがいたら、確かに俺が期待されないのも納得だな」


 医務室でのリィナの言葉を思い出して嘆いていると、背後から足音が聞こえてきた。

 どうやらただ事ではない慌ただしさで、それに合わせて焦ったような声が聞こえて来た。


「リィナ! リネル君! それにレイカも! みんなこんなところにいたのね!」


 見てみれば、慌てた様子のリーヴァが、ライラを連れてやって来ていた。

 服の裾を乱し、肩で息をする様子でただ事じゃないのが分かっタ。


「お母様? どうかしたんですか?」

「どうかしたか、じゃないわよ? 医務室にいると思って行ってみたらいなくて、心配して探し回ってしまったのよ?」


 見ればライラと合わせて汗をかいており、相当焦っていたことが分かる。

 それもそうか。非常時に自身の娘が見当たらなければ、誰だって焦るだろう。戦いを見たいという好奇心が先走って、全然考えていなかった。

 申し訳なく思い、リィナを庇う意味でも前に出る。


「すみませんリーヴァ殿下。俺が我が儘を言ってしまって。どうかリィナを怒らないであげてください」


 リィナに不満げな視線を向けていたリーヴァは、俺の言葉を聞いて一層不機嫌そうになり、こちらに詰め寄ってくる。


「私は、リネル君のことも心配していたのよ? さっきあんなに怪我だらけで帰って来たのに、また戦いに行ったんじゃないかって」

「……す、すみません……で、でも、俺は戦えますし、誰かを守るためにも、そうした方がいいかなって!」

「それはそれ、これはこれ、よ? 言ったでしょう、大切にするって。行動を制限するつもりはないけど、心配する私の身にもなって欲しいわ」

「…………すみません」


 答えるのに間が開いてしまったのは、リーヴァの言葉に対して、なんて返していいのか分からなかったから。

 そんな純粋に、直接的に大切にするだなんて言われて、動揺してしまった。価値も理由も関係ない。その言葉が本心だったからこそのその発言。だからこその、怒り。


 大切にしたい人が無茶をすることに憤りを覚えてしまうその感情に、俺は心当たりがあった。

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