第24話 戦場を見る
リィナの部屋に入ると、俺がいる部屋と比べてかなり広いことに驚いた。
俺が借りている部屋でもひとりで過ごすには広すぎるくらいというのを考えれば過剰な程だ。装飾の類も一層豪華になっているし、流石は王族の使う部屋ってところか。
「こっちよ、ついてきなさい」
部屋への感想を抱くのも束の間、リィナに従ってベランダに出る。
俺の部屋が丸々入りそうなベランダは、木の幹を大きく削って作っているようで、追加で足場などを作ったわけではないらしい。高度が高いからか冷たい風が吹き抜けるベランダに出てすぐ、外が騒がしいことに気付く。
「下で戦ってるみたいね」
そう呟いてリィナが手すりに駆け寄るのを見て、俺もそれに続いた。
身を乗り出して下を見ると、そこには戦場が広がっていた。
比較的木が少なく開けたその空間では、数十人のエルフの戦士たちが猿型の魔物を相手にしていた。その魔物はスピアーモンキーと言う。全長2メートルを越えそうな巨体で、全身灰色の毛と長い手足、むき出しの牙や爪と言った強靭な武器も持ち合わせていた。その長い手足で木々の間を軽々と移動しながらエルフたちに襲い掛かっている。
対するエルフの戦士たちは弓を使って戦っている。スピアーモンキーにも負けない速度で木々の間を移動しながら、風魔法での移動や攻撃を繰り返し、適度な間合いを管理しながら戦っている。流石はエルフ、その戦闘スタイルを確立させ、数で劣勢ながらも十二分に対抗していた。
「流石だな」
「どうかしらね。怯えてるようにしか見えないわ。もっと勇敢に戦ったらどうなのかしら」
「お言葉ですが、ああして適切な移動を繰り返すからこその強さ。それを無くしてしまえば、心の持ちようなど関係なく、一方的に蹂躙されることでしょう」
「ま、それもそうね」
すらすらとリアサが解説し、リィナがそれに素直に頷く。
リィナの素直さにも驚いたが、それ以上にリアサの饒舌ぶりに驚いた。喋っているところを見た回数自体が少ないが、ここまで長く喋ったのは初めてじゃないだろうか。
って、それどころじゃない。
確かに今のところ劣勢になっている雰囲気はない。でも、あのフード人間の姿が見えないし、この程度の戦力だけでシンラ・カクを襲おうとしていたわけがない。あのフード人間が戦力を見誤るとは思えない。何か、何かが引っ掛かる。
「ねえ、リネル、あれ見える?」
「ん? どれのことだ?」
隣で俺と同じように手すりに乗り出したリィナは、戦場を指差して聞いてきた。
「ほらあれ。魔物たちにこびり付いてる魔力」
「こびり付いてる……」
リィナに言われて目を凝らす。この時点で見えていないことを考えれば、リィナは今の魔力を見る力にも長けているらしい。その特異な力が何なのかはよく分からないが、俺は負けじと目を見張る。
すると、ほんの少しだけ魔物が普通持っているのとは違う魔力が見えた。が、詳細は分からない。
「どんな風に見えてるんだ? 俺にはぼやけてしか見えないんだが」
「なに、もう老眼? ほらあれよ。なんか、刻印みたいなのがあるでしょ?」
「ああ、あれか」
見えてもいないのにとりあえずそう答え、特徴を頼りに考える。
魔法の刻印と言えば、半永久的に効果を発揮し続けるためのものだ。主に強化魔法や防御魔法、または呪いや状態異常を付与するときに使うものになる。
すべてのスピアーモンキーに付与されているとなれば、強化魔法か防御魔法か? いや、特段強くなっている様子はない。エルフ側が使っているわけではないだろうから呪いや状態異常でもないだろう。じゃあなんだ?
「ねえ、ねえリネル聞いてるの?」
「あっ、えっ? どうかしたのか?」
「いや、魔物ってあそこまで賢いものなの?」
「賢いって、どういうことだ?」
リィナに言われて覗き込み、魔物たちを改めて観察してみる。あまり賢さを実感できないでいると、リィナから解説が入る。
「ほら、なんか統率が取れてるじゃない。1体が前に出て注目を集めて、他の個体が回り込む、みたいな。猿型の魔物は賢いって聞いたことはあるけど、ここまで賢いなんて」
なんてリィナは感心するように呟いたが、それどころではない。
リィナに言われて気付いたが、確かにスピアーモンキーたちの行動は規律だっている。普通の魔物じゃあそこまでにはならない。上から観察することがあまりないから変化に気付かなかったが、こいつらの動きは明らかに軍隊のよう。
「いや、待てよ? 刻印……まさか、操作?」
「リネル? どうしたの?」
「……魔法には刻印できるものがある。刻印出来る魔法の種類もいくつかあるんだが、その中に、意識を乗っ取って体を操るものがある。もし、もしそうだとすれば……」
「ま、待ってください! あそこ、魔物じゃないですか!?」
悪い予感が過ぎった途端、レイカが声を上げた。
考えるよりも先に体が動き、レイカの指差す方向を。すると、そこには魔物が放つ特有の魔力が多数見えた。
その位置は、ちょうどエルフの兵士たちを挟み撃ちするような場所だった。
「クソッ!」
「リネル様!?」
思わず手すりに足をかけて飛び出そうとする。あれは駄目だ。ちょうどエルフたちが疲弊し始め、盤面がわずかに傾こうとするタイミング。完全に掌の上で踊らされてるじゃないか。
レイカが呼び止めるのも聞かずに飛び降りようとした俺の体は、しかし強い力で引き留められた。
とっさに振り返れば、リアサが俺の腕を握っていた。
「放せ! このままじゃやばいんだよ! 早く行って、知らせるか倒すかしなきゃ!」
「駄目」
「何でだよ! 放置したらみんな殺されるんだぞ!?」
喉が熱くなるほどに叫んだ俺に、リアサは表情1つ崩さずに言う。
「あなたは、リィナ殿下を守って」
「……え?」
思いもよらなかった言葉に動揺した次の瞬間、俺の体は勢いよくベランダに引き戻された。
その代わりと言うのもおかしな話だが、リアサが勢いよくベランダから飛び降りる。
「リ、リアサ先輩!? ど、どうしましょうリネル様! リアサ先輩が!」
「レイカ、落ち着きなさい。リアサなら心配いらないから」
「え?」
後ろから聞こえてきた会話を聞きながら、ベランダから見下ろす。
落下し続けたリアサはすぐに地面に近づく。普通の人間であれば空中でバランスを崩し、頭から落ちて死んでもおかしくない高さ。それをリアサはしっかり足を下にして、彼女の金髪が少し揺れる程度の小さな風だけ起こして着地する。それから間を置くことなくスムーズに戦場の方に向かった。
これだけの高さを、あんな少しの魔法だけで着地した、って言うのか? エルフは風魔法の扱いが得意だと言っても、限度がある。俺と比べるのはおこがましく、他のエルフの兵士たちと比べても圧倒的に優れている。
あれで傍付き……。
「嘘だろ?」
「嘘じゃないわよ」
思わず驚いた俺の言葉にリィナが反応した。
「あの子、もともと志願兵だったのよ。魔眼病の特性を生かして戦えないか、ってね。それがどういうわけか今は私の傍付きだけど、そんなことしてなければ今頃シンラ・カクの中で最も強い兵士になっていてもおかしくなかったような子なのよ」
「そ、そうだったんですか? 初耳です。てっきり、ずっとシンラ・プライドで働いているのかと」
「まあレイカがシンラ・プライドに来る前の話だからね。ちょうど私が生まれてすぐくらいに転職したらしいわ」
「……だとしても、あの身のこなしは普通じゃないがな」
小さく呟きながら、戦場に向かうにつれてどんどん小さくなるリアサの背中を視線で追う。
もとより謎の多そうな人だとは思っていたが、これで更に謎が深まった気がする。異質な雰囲気だけでなく、尋常ならざる実力まで持っている。やはりと言うかなんというか、エルフのことも侮れない。
「ま、これで安心ね。リアサがいれば、百人力よ!」
「……正規兵より頼られる傍付きって何だよ」
なんて突っ込みを入れつつも、リアサの戦いぶりに興味津々な俺だった。
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