第23話 見守る意味
リィナはお怒りの様子だった。レイカたちと違って心配といった感じではなく、むしろ助かった。リィナ以外のエルフは俺が感じている以上に俺の痛みを共感してくるので、少し疲れてしまうのだ。そんなに共感してくれているのに何もしてあげられないことにも疲れてしまうし……やっぱり、リィナは俺と似ているのかもしれない。
「ちょっとどういうことよ? どうして私を置いて外に行くのよ!」
「外って言うか、森に入っただけだぞ?」
「シンラ・カクの外には出てるじゃない。私はそれすらしたことないのよ」
「でも、危なかったんだぞ? 俺だって怪我したし」
「怪我?」
そう呟いて、リィナは俺の全身をくまなく観察する。
いやまあ、そんなことをしてもすでに治癒魔法で治してもらったので分かるわけがない。
と、思っていたのだが。
「……なんでそんなに大怪我負ってるのよ。全身傷だらけみたいだったじゃない」
「え? 分かるのか?」
「当然でしょ? そんな念入りに治療してるんだもの、火傷みたいに痕跡が残ってるじゃない。あんまり馬鹿にしないでもらえる?」
リィナは不機嫌そうにそう言ったが、それどころではない。
リィナは今、誰でも出来ることのように言ったが、そんなはずはない。いや、エルフにとっては当たり前なのか? と思ってレイカを見ると、同じくこちらを見てきた。それが普通なんですか? と言いたそうに。
つまり、普通ではないのだ。
俺だって魔力の扱いにはそれなりに精通しているつもりだ。流れを読むことだってある程度は出来る。だが、それは
そんな自覚が無いらしいリィナは俺とレイカの動揺に小首を傾げて疑問符を浮かべている。
「なに、どうかしたの?」
「いや、なんでも」
「そう? まあいいけど……それで? これからどうするのよ」
「どうするって?」
「敵が攻めてくるんでしょ? リネルも戦うの?」
リィナに聞かれ、少し考える。リーヴァにもローラにも休めと言われてしまったし、レイカに見張られている。戦いに行く気満々ではあるが、ここは誤魔化しておいた方がいいだろう。
「いや、休めと言われてしまったし。ここの戦士たちは強いんだろ? 俺がいなくても大丈夫そうだ」
「ふっ、はなからリネルに期待してるわけじゃないわよ。ただ聞いておこうと思っただけ。あんまり思い上がらないことね」
「……」
鼻で笑いやがった。
心にもないことだとしても、それを全力で否定されるとそれなりにイラっと来るものらしい。ただここで怒りすぎるとせっかく治した傷が開きそうだったので、深呼吸をして頭を冷やすことにする。
「そういうリィナは? 戦わないんだろ?」
「戦いたいって言っても戦わせてもらえないわよ。王女なんだもの。嫌でも誰かに守られるわ」
「本当に嫌そうだな……」
「当然でしょ? 私にだって戦える力はある。それなのに一方的に守られるばかり。いつまでも子ども扱いされているみたいで嫌でしょ?」
でしょ? と言われてもいまいち分からなかった。俺は今までどちらかと言えば守る側の人間だったから。
いや、転生を繰り返すたび、確かに幼少期は親に守られてきたんだろう。けど、そのことについてあまり覚えていない。だからきっと、守られる側の気持ちはまだ分からない。
「ああそうそう、お母様に伝言を頼まれていたの」
「リーヴァ殿下から?」
「ええ」
てっきり仲が悪いと思っていたが、頼みごとを受け入れるくらいには親しいらしい。あんまり親子関係が良好じゃないのはよくないと思っていたが、そこまで心配しなくてもいいのかもしれない。
「大切にされるのに価値なんていらない。理由もいらない。大切にされた時は、それをただ受け入れるだけでいい。……なんだか恋文みたいだけど、お母様と変な関係になっていないでしょうね」
胡乱そんな視線でリィナが見つめてくる。
「いやいや、俺だってよく意味が分からない、し……」
と呟いて、思い出した。
昨日、俺がリーヴァに言ったことだった。
大切にされる価値なんてない。怒りのままに叫んだ言葉の中で、そんなことを言った気がする。別れ際にリーヴァが言っていた、考えてみるというのは、この言葉に対することだったのか?
そして考えた結果、こうして俺に伝えてくれた。もしそうなのだとすれば、リーヴァはやはり、優しすぎるくらいに優しい人だ。わざわざこんな忙しい時に伝えてくれなくてもいいというのに。
でも、価値も理由もいらない、か。エルフらしい考えだ。仲間を自然と大切にすることが当たり前の社会。支えること、助けられること、そんな共存が当然の社会の中で、大切とされることは普通のことなのだ。
初めてこの世に生を受け、初めて大切なものを失った時、俺は勇者として立ち上がることを決意した。最初は誰にも認められなかったけど、努力を続け、強くなるにつれて称賛を受けられるようになっていった。そんな感覚が、俺に価値の有無を問い立てていたのかもしれない。何も出来ないやつには何もない、そう、思い込んでいたのかも。
リーヴァがそれを伝えてくれようとしたことに、少し心温まるような気がした。でも本当に、今じゃないと思うんだけどな。
そんなことを考えていた時、不意に大きな音が響き始めた。甲高く、聞いただけでよくないことが分かるような、そんな音。
「始まったみたいね」
「レイカ、この音は?」
「危険を知らせる鐘の音です。本当に、来てしまったのですね」
リィナとレイカ、リアサは窓の外に視線を向けた。そこで今にも戦おうとしている戦士たちを案じているのだろう。
……出て行くなら、今がチャンスか? そう思って立ち上がろうとした瞬間、肩に手を置かれ、立ち上がるのを阻止された。思わず顔を開けると、両眼を帯で覆った無表情がこちらを見下ろし、静かに首を振った。
それから、気だるげな声で小さく呟く。
「駄目」
それだけ言って、リアサは見えない目で見下ろしてくる。思わず背筋が震える感覚がして、俺は立ち上がるのを諦めあt。
今、リアサは俺の動きを察していたのか? そのうえで、俺の行動を止めようと? 動作が自然すぎて、近づかれていることに気付かなかった。確か魔眼病と言っていたが、魔力の動きを見ただけで俺が何をしようとしているのかまで分かるものなのか?
思わず言いそうになった言葉たちを飲み込んで、次どうするかを考える。このリアサについて、俺はほとんど何も知らない。何を考えているのか不明瞭で、声だってほとんど聞いたことが無い。ただ、今明らかに俺の行動を妨害した。
俺からしてみれば、エルフの兵士たちがどうなろうと知ったことではない。神林弓さえ無事なら最悪それでいい。ただ、そのうえで守るために立ち上がろうとした俺を邪魔する意味を、理解しているのだろうか。
「リネル様? 難しいお顔をされて、どうかしましたか?」
声をかけられて、レイカの顔がすぐそこまで気付いていることに気付く。
思わず少し仰け反りながら、とっさに言い訳を口にする。
「え? あ、いや、ちょっと考え事をな」
「あ、また無茶しようとしてますね? 駄目ですよ、安静にしていてください」
「なに? 重傷負って帰って来たのにまだ馬鹿するつもりなの? やめなさいよ、無駄よ、無駄」
レイカとリィナ、それぞれ口調は違うが俺を宥めるように言ってきた。リアサと言い、どうして邪魔をするんだろうか。俺が戦った方がより多くの命を守れるはずだ。例え俺が犠牲になったとしても、どうせまた転生する。
ここは無理にでも戦場に行くべきか?
「……そうは言っても外が気になる。様子を見に行かないか?」
「だ、駄目ですよ! 巻き込まれたらどうするんですか⁉」
「何もする気はないぞ?」
もしもの時は戦うけど、とは言わない。が、無論レイカも食い下がる。
「それでもです!」
レイカが勢いよくそう言って、だよな、と返そうとしたが先にリィナが喋り出した。
「なら、私の部屋から見てみましょう」
何気ない様子でそう言って、リィナは出口に向かって歩き出す。
なるほど、確かリィナの部屋は高い位置にあるうえベランダが付いている。そこから見下ろせば安全、という道理か。確かに筋は通ってる。
しかし、それでも当然レイカは食い下がる。
「で、ですが!」
「大丈夫よ。どうせ、そんな心配しなくてもすぐに終わるんだから。ほらリネル、ついてきなさい」
「あ、ああ」
「ま、待ってくださいおふたりとも!」
リィナに続いて医務室を出て、その後ろに心配そうな表情のレイカと、まったく表情の変わらないリアサが続く。
今回ばかりはリィナに助けられたな。何かお礼を考えておくべきだろうか。
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