第20話 雷使いのフード人間

「お前は、戦いたがっている! 《ライトニング・オーブ》」


 仮に、こいつをフード人間と呼ぶことにした。

 そんなフード人間はそう叫んだ途端、紫色の輝く電撃を両手に生み出し、それをそれぞれ放ってくる。


「いきなりかよ!」


 ひとつは俺に向かって、もうひとつは横の逃げ道を潰すようにと放たれた電撃を、俺は枝から降下することで回避する。

 ここが木の上で助かった。じゃなければ、今の1回で終わっていた可能性もある。


 にしても紫電属性魔法だと? ただでさえ扱いが難しい雷魔法、その上位属性に当たるものを、よくもまあああ易々と使えたものだ。俺だってそれなりに苦労するっていうのに。

 しかしそんな感想を抱く間に、フード人間は次の手を打つ。

 まっすぐに降下する俺に並走するに、自らも頭を下にして追いかけて来た。

 こいつ正気か? その速度で頭から落ちたらただじゃ済まないぞ。


「《ライトニング・カオス》ッ!」


 紫色の電撃が視界を覆い、俺を容易に捕まえられるだけの範囲で放たれる。

 これ、避けられない!?


「マジかっ。《サンド・カーテン》」


 とっさに土の壁を作って雷を防ぐ。空中と言うこともあって普段ほどの強度はなかったが、ただ雷を防ぐだけなら十分だ。

 ついでに視界も塞げたはずなので、距離を取るためにエア・フライトで向きを変える。

 地面に平行に距離を取りながら、周囲を伺う。


 そもそも、攻め込んでくるにあたってフード人間は手下か何かを連れていたはずだ。俺が聞いた声は、そんな手下たちに指示を出すもののようだったし。となればどこかに仲間がいてもおかしくなく……最悪、すでに包囲されている可能性もある。

 そうなるとどこで待ち伏せされているかも分からないので、フード人間を引き離したからと言って安心できるわけではない。


 そんな風に考え、視線を右に向けた直後、背後から殺気を感じた。


「《ライトニング・オーブ》!」

「《ディスペル》ッ!」


 背後に向かってとっさに解魔法を放つ。あまり遠距離じゃ使えないが、近距離においてはほぼすべての魔法を使えなく出来る使い勝手のいい魔法。相手がどこにいるのか正確には掴めていないからこそ使ったわけだが、痛みが来ないということは成功したらしい。

 すぐに空中で反転、手元にもう1度ディスペルを構えて振り返り、宙を蹴って距離を置く。


 そこに、両手を紫色に染めたフード人間が猛スピードで迫ってくる。


「《ディスペル》ッ!」

「見誤ったな! 早すぎだ!」


 フード人間は巧妙に魔力の流れを操作し、発動すると見せかけるフェイントを仕掛けて来た。俺はとっさにディスペルを発動してしまうが、魔法はまだフード人間の両手で準備段階。

 再度俺が魔法を構築するまでの隙をつき、今度こそフード人間が魔法を放とうとして――


「《ライトニング――」

「てりゃッ!」

「何ッ!?」


 突然の方向転換。後ろ向きだった感性のすべてを殺してフード人間側に向かい、すれ違いざまに拳を叩き込んでやる。

 フード人間は何とか両手を交差して防いだが、勢いが勢いだ。空中で殺し切ることもままならず、すぐ後ろにあった木の幹に激突し、粉塵を散らす。


 それを確認することもせず、俺は再び同じ方向に向かって飛び出す。


 口の中から血の味がした。

 急激に方向を転換したせいで体に負荷が掛かり過ぎた。前世の肉体ならいざ知らず、今の体はまだまだ貧弱だ。内臓、壊れてたりしたら最悪だな。

 込み上げてくる血を何とか飲み込み、魔力を少しずつ練り直す。


 先程の一撃に、それなりの魔力を込めていた。エア・フライトに使っていた分と、周囲の魔力を感じるために使っていた分。戦闘中、常に魔法ひとつ使えるだけの魔力をすぐに使えるくらいにまで練り上げていた甲斐あってさっきは何とかなったが、もう1度準備するには少し時間がかかる。

 追撃を仕掛けず、距離を取った理由はこれだ。相手の生命力も不明な時点で、深追いはするべきじゃない。


 そして魔力を練り上げたまさにその時、すぐ横を、粉塵が通り過ぎる。

 いや、正確にはめり込んだ木の幹から飛び出し、粉塵を纏ったまま追い付いて来た、フード人間だ。

 その全身に電気を纏っているのは、もしかして電撃で自分を木の幹から押し出したのか? 電撃をそんなことにも使うとか、さっきから紫電属性の魔法ばっかり使ってるのもあるし、こいつ相当紫電属性の使い方を熟知してやがる。さっきから移動が馬鹿みたいに早いのも、もしかしてそれの応用なのか?

 だとしたらこいつ、間違いなく強い。

 

「《ライトニング・カオス》ッ!」


 フード人間の両手が紫に輝き、すぐに魔法が放たれる。


「それは、さっき見たんだよ! 《ディスぺ――」

「お返しだ!」

「ぐはっ!?」


 俺が魔法を消し去った直後、フード人間は鋭い蹴りを放ってきた。紫電を纏わせ、威力を上げた蹴りは十二分に強かった。

 魔法の種類も限定され、至近距離で魔法ばかり使ってくるから肉体攻撃は苦手なのだと思っていた。だから跳んでこないだろうと思っていた蹴りを、何とか自ら後ろに飛んで緩和する。

 ついでにエア・フライトを逆噴射、すぐに体勢を持ち直してフード人間を探す。


 すると、すぐ目の前にまで紫色の雷の弾が迫って来ていた。


「っ!?」


 ディスペルは魔術師の手を離れたら通用しない。あれは魔術師が制御中の魔法の魔力を乱すことで発動させないというもの魔法だ。ここまで来れば防ぐか避けるしかないが、魔法の発動は恐らく間に合わない。


 とっさに下に避けたのは、もしかしたら癖だったのかもしれない。最初の攻撃で瞬時にそうしたし。

 

 俺が不注意だったのは、フード人間に夢中で背後を気にしていなかったことと、フード人間は俺と比べて大分心に余裕があったらしいこと。そして、余裕があるからこその戦法に俺がまんまと引っ掛かったこと。



 高度を落として雷の球を交わした直後、背後で聞き覚えのある轟音が響いた。


「え?」


 振り返った直後、落ちてくる大きな影が見えた俺は、顔を引きつらせるしか出来なかった。


 落ちてくる巨木に押しつぶされて、俺は勢いよく地面に落ちていく。それから数秒も経たずに地面に落下し、砂埃が舞い上がる。


 それを見下ろすフード人間に近寄る影があった。

 それはフード人間と同様にフードとマントを付けていたが、装飾がまったくなく、フード人間と比べて地味で、さらに暗闇に溶け込んでいた。


「ニケロイア様、ご苦労でございました」

「はっ、これくらいで苦労な物か。しかしあの小僧、もう少し骨のあるやつかと思っていたのだがな」

「いえいえ、随分頑張っておりましたよ。ニケロイア様には敵わないと言うだけのことで」

「世辞が上手いな。ベルト、戻るぞ。魔獣どもの手綱を引いておかないといけないのでな」

「かしこまりました」


 その言葉を最後に、ニケロイア、そしてベルトと呼ばれた者は暗闇の中に飛んで行った。

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