第21話 帰る場所

 全身が痛いことに気が付いて目を開ければ、そこは暗闇の中だった。どういうわけか土と木の香りが目と鼻の先からしていて、若干の息苦しさもあった。感じからして地中にいるらしいが……どうしてだ?

 とりあえず死んでいないらしい。死んでもそうで転生できるが、せっかくのエルフの体だったしこれは良かったな。

 そんなことを考えながら現状を思い出してみる。


「あー、木の下敷きになってるのか……さて、どうすっかなぁ」


 木に潰されそうになった瞬間、地面を地属性の魔法で操って穴を掘った。そこに落ちたので何とか挟まれることだけは避けたわけだが、穴を掘るのに集中しすぎてまったく勢いを緩和できなかった。

 普通に数十メートルを落下したわけで、全身骨折しててもおかしくないが、確認するほどの余裕もなかった。


「まさか木に押しつぶされるなんて……油断しすぎにもほどがあったな」


 まさか隙を突かれるとは。暗いというのもあって後ろの木に気付かなかったし、突然の攻撃を受けて集中力が落ちていたのもあっただろう。ただ、それ以上に感覚が鈍っていた気がする。


「あのフード人間が纏ってた電気、麻痺させることも出来る、のか? いや、そうだろうな。攻撃を受けた感覚が普通じゃなかった」


 蹴られた瞬間、全身が極端に鈍くなったような気がした。全身がビリビリと痺れた気がしたのは突然の痛みに驚いたせいだと思っていたが、あの電気に触れた相手を麻痺させる特性があったんだろうな。そのせいで思考も行動も遅くなった。


「まんまとやられたわけだ」


 自虐のように呟きながら、思い出す。

 あのフード人間ははっきり言って異常だ。実力が極めて高いこともそうだが、戦闘を楽しんでいたように見えた。そういうやつを見たことないわけじゃないが、そいつらと比べて、相手をいたぶることを楽しんでいるような雰囲気があった。


「あいつ、本当に強かった。全盛期の俺と比べても遜色ないくらいに」


 こうなるとまず人間ではないだろう。普通の人間なら、俺の全力の拳を受けてあそこまで動けるはずはない。

 紫電属性の魔法をあそこまで練度高く扱えていることも考えれば、長命の種族の可能性が高い。偽天使族やドワーフ族、竜人族なんかが考えられるが……ただ、どれも違うような気がする。偽天使族は光属性の魔法を使うし、ドワーフ族は体格が小さいため外観が合わない。竜人族はそもそも雷属性を苦手としていたはずだ。


 ここまでくると、もう残された可能性はあまり多くなさそうだったが、答えは出なかった。頭をよぎる存在もいるが……判断するには情報不足だな。


「まあ、ひとまず助かったことだし……リーヴァ殿下に伝えないとな」


 どれくらい気絶していたのか分からないが、そろそろ日も登っているかもしれない。だとすると、侵略開始まで時間が無いことになる。急がないとな。


「さて、まずはここから出る方法だが……横に穴掘って出るか。《サンド・ディギング》」


 残る魔力も多くはなかったが、出し惜しみしている暇はない。横に向かって土を掘り進め、しばらくしてから上向きへ。するとすぐに地上が見えてきた。成功だな。


「外の様子は……静かだな。問題なさそうだ」


 フード人間の気配は完全にしなくなった。あいつは特有の魔力の感じを持っていたし、近くにいたなら分かると思うのでやはりすでにここを離れたのだろう。

 少し安堵しながら地上に上がり、空を見上げる。


「日は、少し出てるか。まずいな、すでに襲撃が始まっていてもおかしくない……シンラ・カクはこっちか」


 太陽の位置を頼りに方角を確認し、シンラ・カクの方に向かう。

 エア・フライトで浮遊しながらの移動になるので体の痛みはほとんど気にならなかったが、それでも風に撫でられるだけで痛む箇所がそれなりにある。ろくに確認もしていないが、それなりに重傷だったりするんだろうか。


 それから数分も経てばシンラ・カクに到着した。何やら少し騒がしい様子で、エルフたちがせわしくなく走り回っている。。


「まさか、もう襲撃を受けて? でも、どこからも戦闘音らしいものは……」

「リネル様!」

「ん? レイカ?」


 名前を呼ばれてそちらをあ向けば、嬉しそうな笑顔を浮かべたレイカが走り寄って来ていた。何やら相当焦っていたのか、服や髪が若干乱れている。大丈夫だろうか?


「どうかしたのか? それにこの騒ぎは――」

「心配したんですよ⁉」

「――え?」


 突然そんなことを告げられ、更にはレイカに目と鼻の先まで詰め寄られて思わず声を漏らした。


「少し外に出ると言って、夜ご飯の時間になっても帰らなくて……こんな時間まで、どこで何をしていたんですか⁉ みんな、みんな心配していたんですよ……?」


 レイカは目を赤くし、震えた声でそう言った。まさか、泣いているのか?

 何をそんな大げさな、なんて言える雰囲気ではない。何をどうすればいいのか分からなくなっていると、周囲のざわめきが大きくなり、たくさんのエルフがこちらに向かってくるのが分かった。まさか、この騒ぎは俺を探していたから、なのか?


「リネルが見つかったのか⁉」

「良かったぁ! 昨日森の中に入っていくのが見えて、ほんとに心配してたんだぜ?」


 中にはレオンとロイアの姿も見え、他にも、俺に挨拶に来た人や、シンラ・プライドで見かけたことのある給仕係の人、他にも大勢が、安堵や心配の表情を浮かべて集まって来ていた。

 その数は百人近くにまでなっていて、正直、何が何だか分からなかった。


「って、凄い傷じゃないですか! だ、大丈夫なんですか⁉」


 そんな中目の前のレイカがそう叫び、みんなも慌て始める。


「おい、衛生士呼んできてくれ!」

「誰か、応急回復魔法使える人いない⁉」

「リーヴァ殿下に早く報告しなくては!」

「リィナ殿下にも!」


 芝居でもしているんじゃないかという協調性に、俺は思い出す。

 エルフの強い仲間意識は、ここまで強固だったのだ。ほとんど会話を交わしたことが無いような相手のことでも本気で心配し、無事だと分かれば喜び、怪我を負ったとなれば自分のことのように慌てる。昨日、リーヴァが俺に見せた共感と同程度の共感を、みんなすることが出来るのだ。


 なるほど、な。これに居心地の悪さを覚えるリィナやリネルの両親の気持ちが、良く分かってきた。自分では感じ取れないものを感じ取り、持てないものを持っている。そんな人たちに囲まれていれば、鬱陶しく感じるのも無理はない。

 昨日俺が怒りを覚えてしまった理由もそれだったのだろう。胸の奥で詰っていたものが取れた気がして、怒りというよりはむしろすがすがしさがやって来た。


 となれば、やることはひとつだ。


「悪いレイカ、聞きたいことはいろいろあるだろうけど、急いでるんだ」

「ど、どこに行かれるのですか⁉ せめて傷だけでも!」

「リーヴァ殿下のところに行くだけだ、心配するな」

「で、でしたら私もお供します」

「でも……」


 急いでいるしと言おうとして、赤くなったレイカの目元が見えた。

 ……どんな理由があれ悲しませてしまったのだ。さらに心配させるようなことは出来ないな。


「分かった、一緒に行こう」

「はい!」


 それから、俺はレイカと共にリーヴァのもとに急いだ。

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