第16話 どうして今があるのか

 リィナの突然の訪問からしばらく経ち、昼過ぎ。朝ご飯と昼ご飯をまとめて食べてしまったせいで食事をする気にもなれず、部屋のソファの中で何をしようかと考え込む。


「どうすっかなー」

「リネル様? どうかしましたか?」

「あー、レイカ。いや、やることがないな、って。婚約したはいいものの、俺の仕事とかはまだないんだろ?」

「そうなりますね。現在の政権はすべてリーヴァ殿下が統制しておられますので」

「……あれ? この国にも貴族っていたよな?」

「国、と言ってもいいんでしょうかね。……まあ、そうとも言えますね」


 少し悩む様に顔を俯けて、しばらく経ってからレイカが答える。


「貴族はいます。でもそれはあくまでリーヴァ殿下の御手伝いをするだけなので私たちと持つ権利はほとんど変わらないんです。ただみんな、シンラ・カクに貢献してくれる人間を自然と慕っているので社会的に高い地位にいるってだけなんですよね。私も人間の国については多少なりとも勉強しましたが、そういう違いがある、ってところ以外はいまいちでしたね」


 申し訳ありません、なんてレイカは言ったが、だいぶ分かりやすい説明だった。

 なるほど、この国では実質的には王かそれ以外かで身分が分かれているのだ。後は王の家族くらいか。それも実際に忙しいのは王、もしくは王女本人だけ。だからこそ、俺やリィナは暇だし、他の貴族たちには大した権利がない。

 むしろ、法と言っていいのかは微妙だが、そう言った拘束力のある権力を持つのは王だけと言った完全なる王政が実現しているわけだ。


「となると、俺に王位が回ったときもそんな感じになるのか?」

「そうなりますね。先代王、リーヴァ殿下を嫁に迎えた方であるレイ殿下は不幸にもお亡くなりになってしまいましたので現在の最高権力者はリーヴァ殿下です。ただ、この国での王位は男性の方が高くなるのが自然なので、リネル様が最高権力者になるということですね」

「……いや、マジかよ」


 英才教育を受けているであろうリィナではなく、俺が? もしかしなくても大変なことになってないか?


「ですがご安心ください。シンラ・プライドが総動員でお支えしますので」

「ほんとお願いするよ」


 そもそも、俺は王なんて器ではない。リィナのような誇りや固い決意はなく、人々を統率するような能力もない。

 それに、もっと根本的な話をするのなら。


 俺は、王になる前に死ぬのだろう。

 またきっと、これから10年と少しも経つ頃には神林弓を手に入れ、選ばれし者を見つけ出してそれを託して死に、転生するのだ。リィナには申し訳ないが、リーヴァと同じ道を辿らせることになってしまうはずだ。

 今までも、そうだった。


「よし、悩んでも無駄だって分かった。レイカ、出かけるぞ」

「どちらに行かれるのですか?」

「ちょっとリーヴァ殿下に聞きたいことがある。面会時間取れると思うか?」

「少しお時間をいただけるのなら、確認してまいります」

「ああ、頼んだ」

「では、失礼しますね」


 そう言って頭を下げたレイカが部屋から去ったのを聞いて、考え始める。


 神林弓について、リィナについて、王になることについて。色々と聞いておきたいことはあるからな。リーヴァとも結局シンラ・プライドに来た日以降面と向かって話を出来たことはなかったし、ちゃんと婚約のご挨拶する必要もあるわけだろう。仮にも娘さんをもらうことになるわけだし。

 となると時間も限られるだろうし、聞くべきことをまとめておかないとな。


「最初にリィナについてだな。できれば、森の外に出たいって夢を叶えてあげたい。そしてもちろん神林弓について。こっちでの使命を何とかする必要があるからな。王族については、ほどほどでいいな。リィナにも確認できるわけだし。となるとあとは……リーヴァ殿下がリィナを閉じ込めている理由、か」


 これは最初の話にも関わって来るな。

 それがしきたりだ、と言ってしまえばそうなのかもしれない。そう思ったこともあったのだが、リィナの父、先程レイカの話に出ていたレイと言う先代王にしてリーヴァの夫は大の冒険好きだったらしいじゃないか。

 それにリーヴァも付いて行ったらしいとあれば、ますます謎は深まるばかりだ。まあ、予想としてはその旅の中で何かがあり、結果的にレイが亡くなった。だからリィナは外に出したくない、とかだろうか。


 ありがちな話だ。これで大切な人を失った、あれが大切な人を奪った。だからもう関わりたくない。古今東西、どこに行っても聞く話だ。

 そんなにも失うのが怖いなら深く関わることを止めればいいのに、なんて思うのは他人事だからなんだろうな。

 

 初めての人生の中で、多くの人を守りたいと願った。だから俺は立ち上がり、剣を握った。それでも多くのものが両手の間をするりと抜けて落ちて行き、すくい上げるには深すぎるところまで行ってしまった。追いかけたいと思っても、俺に用意された道はみんなとは違った。

 だから、追いかけるのは止めた。追いかけたいと思うようにするのは止めた。俺は俺の道を行く。そうやって戦うことを決めたんだ。


 そのために何度も自分を捨ててきた俺に、誰をどうやって大切にしろというのか。


 そんな自問を投げかけた時、ひとりの人影が頭をよぎった。あいつのことも、結局追いかけてやることは出来なかった。


「リネル様、リーヴァ殿下からお許しを……リネル様?」


 ……あいつは今、どうしているんだろうか。俺が追いかけなかったことを、今もまだ怒っていたりするんだろうか。


「そんなわけないよな」

「何がそんなわけないんですか?」

「うわっ!? レ、レイカ? 聞いてたのか?」

「いえ、つい先程戻ったばかりですので少しだけですけど。あの、どうかしたんですか?」


 声が聞こえたほうを振り返れば、小首を傾げたレイカがいた。どうやら大したことは聞かれていないらしい。一安心だ。


「いや、別に。それでどうだった? 時間は貰えそうだったか?」

「はい。すぐにでも、と。どうします?」

「行く行く。レイカもついてくるか?」

「もちろんお供させてもらいますけど……本当に大丈夫ですか?」

「大丈夫大丈夫。ちょっと考え事してただけだから」

「それなら、いいんですけど」


 疑わしそうな視線から逃れようとしてさっさと立ち上がるが、レイカはすぐ後ろをついてくる。傍付きとして当然のことなんだって言うのは分かっているんだが、問い詰められているみたいで居心地が悪かった。

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