第15話 寝起きドッキリ?
すべての本を読み終え、いよいよやることが無くなった日の朝。
いつも通りの時間に起きるはずだった俺は、怒気の含まれた声によってたたき起こされた。
「お・は・よ・う」
一音ずつはっきりと発音された起床の挨拶に、俺はなんと返していいのか分からなかった。
リィナは腰に手を当て、いつもの服装で俺の顔を覗き込んでいる。さて、寝起きにこんなことをされるような何かをしただろうか。
まとまりきらない思考を少しずつ集め、何とか現状を理解する。そしてゆっくりと体を起こし、取り合えず挨拶。
「おはようございますリィナ殿下。何か御用でしょうか」
「そうよ御用よ。昨日リアサに言われたの。あんな一方的な言い方じゃ納得してもらえないってね。あ、ちなみにリアサは私の傍付きよ。ほら、そこにいるでしょう?」
そう言ってリィナが指差した先には、部屋の角の方で背筋を正して佇むリアサ。レイカはどこだろうかと探せば、そのすぐ隣に立っていた。並んで立つふたりは従者として恥じるところの一切ない佇まいだ。
ただなレイカ、お客が来たら知らせて欲しいかな? 特に叩き起こしそうな相手だったら。
そんなことを思いながらも起こってしまったことは仕方ないので取り合えずリィナの方を見る。
すると、ちょうどリィナが話し出すところだった。
「で、私はちゃんと話をすることにしたの。ありがたく思いなさい」
「……ありがとうございます?」
「いい返事ね。そのままでいいから聞きなさい」
「いや、むしろ着替えとか諸々済ます時間をもらいたいのですが……ご飯も食べてないし」
「私は食べたわよ?」
「知りませんけど!?」
この人まさかだけどこれで平等に対話しているつもりなのだろうか。一方的という言葉が甘いくらいだぞ。
「ああそれと、結婚するにあたっていつまでも敬語は困るわね。私への敬意で溢れているのは仕方ないけど、どうにか直して頂戴」
「そういうことなら遠慮なく。あ、それで朝ごはん食べていいか?」
「……では、話しを始めましょうか」
「無視かよ……」
流れでタメ口を使ったら、リィナは複雑そうな表情を浮かべて一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに切り替えて話し出した。言葉遣いだけ対等になっても意味がない。
「最初に、私が外に行きたい理由からしっかりと話しましょう。確かに、理由もなくあれやれこれやれって言うのは理不尽だったわね。今までの言葉は取り消しましょう」
謝罪じゃない辺りがリィナらしいと思う。
「書庫を漁っていたらしいから読んだんじゃないかしら、お父様の日記を」
「ああ、読んだな。シンラシンラの外での生活を書いていた」
「ええ、それよ。私はね、あの本に書かれていないたくさんの場所に行ってみたいの」
「え? 書かれていた場所じゃなくて、か? 普通、書いてあった景色に憧れたとかなんじゃ……」
「何を言ってるのよ、そんなのつまらないじゃない」
思わず疑問をぶつけると、リィナはさらりと答えて見せる。
「誰かが知っていることを知っても面白くないわ。あの本を読んでて、確かにその景色に憧れたこともあった。だけどね、違うのよ! 人から聞いた話じゃない。私しか知らないものを知りたい。今までずっと窮屈だった。政治も勉強もうんざり。誰かから聞いたことだけの知識なんて意味ないわ! でもね、ここを出れば何かが変わるはずなのよ!」
その、純粋な夢を語る姿は、彼女の子どもっぽい部分を全開にしているようだった。相変わらずの我が儘だったけど、それが本心なんだろう。
「だからこうしてあなたを頼るのよ。あなたなら、外の世界を知っている。そんなあなたの知らない場所こそ、私の向かう場所に相応しいわ。誰もたどり着いたことのない場所にたどり着く、その達成感を味わってみたいのよ!」
胸を張り、挑戦的に笑みを浮かべたリィナは堂々とそう告げた。
遠くからは小さく拍手が聞こえてくる。見てみれば、レイカが微笑みながら拍手し、リアサも表情こそ動かさなかったが拍手していた。
なんだかんだいって慕われているらしい。
それにしても、誰も行ったことのない場所に行ってみたい、か。
子どもっぽい好奇心の塊とも言えるけど、実際、俺だって見たことのない場所に行った時、そこで何かを得た時は何度も両手を掲げて喜んだりした。
誰も成したことがないことを成す。それは、他に代えがたい喜びがある。それは確かに認めざるを得ない事実なのかもしれない。
俺が今回シンラ・カクに来た時も、恥ずかしながらかなり興奮していた。これまでの4度の人生の中でだって。行ったことのない場所に行く度、少なからずはしゃぐ自分がいたはずだ。
俺たちは、もしかすると似ているのかもしれない。
「これでどう? 私を連れ出したくなったかしら?」
「まあ、理由はよく分かった」
「本当!? じゃあ!」
「でも、無理なものは無理だ」
一瞬嬉しそうに目を輝かせたリィナだったが、すぐに不機嫌顔に逆戻り。笑えば一層可愛いことが分かったのは良かったが、視線がさらにきつくなったことは良くなかった。
「なぜ」
「そもそもリーヴァ殿下がお許しにならないだろ。リィナ殿下だって」
「リィナ」
「え?」
「呼び捨て。敬語やめろって言ったわよね?」
「あ、はい。……じゃあリィナも、立場があるはずだ。そう簡単に抜け出せないだろう?」
「だからあなたに頼ってるのよ! あなたさえいれば外での道案内はどうにかなる」
「でも、危険なんだぞ? 魔物がたくさんいるし」
「そんなものはどうとでもなるわ。あなたは後ろで震えてなさい。私が守ってあげるわ」
まあ何とも頼もしいことでしょう。ではない。
いつになっても強情なリィナに、流石に返す言葉が見つからなくなってきた。この調子だと、何を言っても譲ることはないんだろうな。
しかし、どうしたものか。ここで俺が了承していいのかいけないのか。リーヴァにもう1度確認してみるのが良いだろうか。どちらにしても、もう少し考える時間が欲しい。
「……分かった、考えてみる。もう少しだけ時間をくれ」
「はあ? これだけ譲歩しておいてどういうことよ。リアサ、話しが違うわよ」
「いえ、自分はそうした方がより良いと言っただけですので」
「……それもそうね。仕方ないわ、いいでしょう。時間を上げるから、さっさと決心することね」
そう捨て台詞を吐き、リィナは不機嫌そうに去っていく。本当に会う度不機嫌だな。というか、さっき初めてリアサの声聞いたな。想像よりもちょっと低かった。気怠そうな感じすらしたけど、気のせいだろうか。
リアサは揺れた前髪を整えてから、小さく礼をして部屋を出ようとして、小さく肩を震わせた。どうしたのかと思えば、リィナが戻ってきて顔を覗かせた。
「言い忘れていたわ」
「えっと、何を?」
「せ、急かさないの」
瞬時に聞き返すと、リィナはわずかに頬を染めてから視線を彷徨わせ、やがて意を決したように目を閉じ、咳払いをして、青い瞳をこちらに向けた。
「話を聞いてくれて、ありがとう。それだけよ。じゃあ、また」
それからすぐに恥ずかし気に顔を背け、後ろ手にひらひらと手を振って去っていった。
「え、何、今の……」
その、愛らしさとこそばゆさの詰まった行動に、俺はしばらく動くことを忘れるのだった。
リィナって、意外と可愛いところあるんだな。
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