第14話 エルフの本棚

 さて、どうやら俺は次期シンラ・カクの王子になったらしいのだが。

 それはそれとして俺にはやるべきことがある。


 シンラ・カクに来て1週間ぐらいが経ち、ここでの生活に少しずつ慣れてきた頃。次期王子とは言えど次期であり、何ならそれも王位継承権第1位のリィナと婚約したと言うだけのことで、確定したわけではない。

 そんな俺では待遇が良いのがそこそこで、そこまで大袈裟にもてはやされたりはしていない。

 と言っても何もしなくても料理が出てきたり洗濯してくれたり、レイカが身の回りの世話を色々してくれるのはだいぶ新鮮、というかいたたまれない。今まで自分のことは自分でするのが普通で、誰かに自分の世話をしてもうのは何だか不思議な感覚だった。慣れないと言えばその通りなのだが、性に合わない、と言うのが大きいかもしれない。


 俺は、荒野に1人乗り残されているくらいがちょうどいいよな、やっぱり。ではなく。


「なあレイカ、この国の文献ってこれだけなのか?」

「はい、そうなりますね。エルフには本を書く人があまりいないですからね」


 シンラ・プライドの中にあった書庫には、確かに本があったのだが、全部で100冊程度しかなかった。

 木漏れ日がしっかりと入ってくるベランダでの読書はそれなりに有意義なものだったが、今日で終わりになるらしい。最後の1冊を閉じ、俺は椅子から立ち上がる。


 ここにあった本で語られていたのはエルフの伝説や文化、伝統について。そしていくらかの娯楽本。それほど重要だと思えるものはなかったが、ふたつほど気になる記述があった。

 ひとつ目が、シンラシンラの北から西、魔の荒野を抜けた先にまで連なる雪山について。そこでの探索を記した本。その本自体には大した情報はなかった。でも確か、この前俺に挨拶をしてきた人に最前衛開拓何たらみたいのがいたはず。そういう人間は未知の場所を開拓するのが仕事らしく、今までの4度の人生の中で1度も訪れたことのなかった雪山への知識があるとしたら、ぜひとも話を聞きたいところだ。

 もうひとつは……。


 レイカを引き連れて書庫を出て、自室に向かって歩きながら考えていると、目の前にリィナが現れた。

 今日も相変わらず不機嫌そうな顔をしており、隣にはここ数日で何度か目にした御傍付きを連れていた。


「あらリネル、奇遇ね」

「あー、こんにちは、リィナ殿下。今日もお綺麗ですね」

「世辞は良いのよ世辞は。それで? 決心はついたの?」

「えっと……」


 ここ数日、リィナに毎日のように言われていることがある。

 それが――


「いい加減、私を外に連れて行きなさい!」

「いえ、ですからそれは……リーヴァ殿下がお許しにならないですよね?」

「そうよ。だからあなたに言ってるんじゃない。外から来たあなたなら、私を外に連れ出せるんじゃないの?」

「もちろん、出来ないとは言いませんけど……」

「だったら連れて行きなさいよ! 私はね、そのためにあなたとの婚約を決めたのよ!」


 んな一方的な……なんて言っても聞かないのだろう。それはこの数日でよく分かった。

 リィナはやっぱり我が儘姫だった。


 最初にリーヴァから聞かされていた通りの性格で、婚約を宣言した俺とすら距離を置いている。そのくせ顔を合わせる度こうやって無理難題を言ってくるのだ。今回の婚約の件だって、シンラシンラの外に出たいという我が儘を通すために、俺を手元に置いておきたいから了承したようだし。


「そもそもどうしてそんなに外に出たいんですか? それくらいは教えてくれてもいいですよね?」

「ふんっ、そんな融通が利かないならいいわ。気が変わったら、外に連れて行かせてください、と頭を下げるのね」


 それだけ告げて、リィナは俺の脇を取っていく。

 すれ違いざまに、リィナの傍付きが頭を小さく下げて来た。

 どういうわけか両目を帯で覆った、どこかミステリアスな女性。揺らぎを一切感じさせない長髪と、乱れることのない姿勢はレイカよりも洗練されたものを感じる。先輩なのだろうか。

 

「なあレイカ、さっきの人って誰だ? 両目を隠してたけど……病気、とか?」

「ああ、リアサ先輩ですか? リアサ先輩は私が元々所属していたリィナ殿下専属御傍付きの先輩なんです。あと、両目を覆っているのは魔眼病だからなんですよ。魔力が見えすぎてしまうから、眼帯をしていないといけないんです」

「魔眼病……」


 確か、生まれつき魔力が見えすぎてしまって、目を開いてしまうと眩しくて仕方なくなってしまう病気だった気がする。人間だけじゃなくて、エルフでもなることがあるんだな。

 あと、先輩と言う予想は当たっていたらしい。


「それにしても、リィナ殿下の我が儘には困りましたね」

「レイカ、聞かれたら怒られるぞ」

「いえ、そんなことはないかと。リィナ殿下はそんなことで怒る方ではないですよ。それに、リーヴァ殿下にも知れたことと言いますか、むしろたまに相談されますので。どうにかして、あの我が儘を直せないものか、と」

「リーヴァ殿下も手を焼ている、ね……まあ、そんな感じはするな」


 遠ざかっていくリィナの背中を見ながら思い出すのは、読んでた本の中で気になったことのふたつ目。


 先代エルフの王が記したらしいその本は、世界を旅した冒険譚だった。なぜ先代エルフと分かったかと言えば、リーヴァという嫁がいたから。そしてそれがどうして気になったかと言えば。

 リィナの父親は、大の冒険好きだったらしい。そして、リーヴァもそれに付き合っていたらしい。ならばなぜ、リィナをここに留めておくのだろうか。


 リーヴァはもう、冒険が嫌いになってしまったのだろうか。

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