第13話 王子になる男
その日の朝一番。
リィナの野郎……リィナ殿下がシンラ・プライド中に大々的に婚約を宣言しやがっ――なさった。
「リネル様、おめでとうございます!」
「お初にお目にかかります。軍事顧問をしておりますリチャードです。以後お見知りおきを」
「料理長のレイアンです! お好きなど料理などございましたらお伝えください! 是非とも私が腕に寄りをかけて作った料理をお召し上がりいただきたい!」
「最前衛開拓隊統括リオネルだ。外の世界から来たと聞いた! 話を聞かせてくれ! それと、もしよかったら再前衛開拓隊に外の世界のご指導を願いたい! 我々はエルフの領土拡大に向けて励んでいるのです!」
そして昼頃にもなれば、国の重鎮やら何やらに押しかけられていた。
俺は椅子に座って挨拶を聞き流すだけなのだが、それでも大分疲れた。1人ひとりの顔と名前、役職くらいは取り合えず覚えようと頑張ったが、何人かは聞き逃してしまった。
前世で貴族たちの挨拶回りを見た時はいちいち挨拶に行くなんて大変だなと思っていたが、される側もここまで大変だとは思いもしなかった。
それからしばらく経って人の流れが収まり、一息つけるようになった。
ソファに深く腰を下ろし、溜息を吐いているとレイカが部屋に入って来た。
「リネル様、お疲れ様です。お紅茶をお持ちしました」
「あ、レイカさん、ありがとうございます。ははっ、なんか大変なことになっちゃいました」
「いえいえ、これからですよ? いずれ、リネル様はこの国を治める方になられるのですから」
「マジですか……」
レイカは嬉しそうに微笑みながら紅茶を並べる。紅茶の甘い香りが鼻をくすぐり、わずかに気が緩みそうになるもののレイカの言葉を聞いて背筋が伸びる。
「はい。マジです。あ、今度こそ喋り方を直してもらいますよ? リネル様の敬語、どこかぎこちないですよ」
「……分かるものか?」
「もちろんです。ふふっ、普段言葉遣いに気を遣う環境で暮らしているからですかね」
レイカは始終楽しそうにしているのだが、俺からしてみればそれどころではない。
結構気を遣ってはいたはずなんだけどな。バレる相手にはバレるらしい。となると、もしかしなくてもリーヴァやリィナも気付いているんだろうな……。まあ、これまでの人生の中で、誰かに対して敬意を見せる機会は少なかった。特に気にしたことも無かったし、何なら俺、ノエルにも敬語を使っていない。
今更と言えば今更かもしれないが、化けの皮が剥がれるの、早かったな。たった1日だぞ。
「でも、俺は年下だし。まだ10歳だぞ?」
「年なんて気にするわけないじゃないですか。そんなこと言うのは変わり者くらいですよ。ふふっ」
「あ、ああ……そうだよな!」
やっべぇ、忘れてた。ここ、エルフの街だった。人間の常識が通じないんだ。
「位の高い方に対して敬意を払うことはもちろんですが、リネル様はすでに王族の次くらいに位が高いと言えますからね。リィナ殿下とリーヴァ殿下がお許しになられるのでしたら、この国でリネル様が敬語を強要される相手はいないはずですよ」
「マジかよ……ここに来て1日の新参なんだけどな、俺」
「リィナ殿下がお認めになられた方、というだけで十分ですよ。これ以上ない栄光です。誰も粗末には出来ないですからね」
「なんと言っていいか分からないけど……それに報いれるくらいには、頑張らないといけなそうだな」
「リネル様なら問題ないと思いますよ。あれだけ凄いことが出来る方なんですから」
凄いこと、というのは今朝のことを言っているのだろう。
レイカ、そして実は自室のベランダから見ていたらしいリィナは今朝のことを秘密にすると約束してくれた。実際、何人に押しかけられてもそのことについて問い詰められたことはなかった。ちゃんと守ってくれているようだ。
「そうは言ってもなぁ……」
レイカが紅茶のお代わりを入れてくれている間、俺はひとり呟いてみる。
政治の場に立ったことがないわけではない。勇者としての演説だって経験あるし、魔術師時代は論文の発表なんかもそれなりの場所でしている。おかげで人前に立つことは苦手ではない。
ただ、それはその時だけその場に立たされているのだ。自分から進んで関わった経験はないし、そんな大層な人間じゃあない。
人を引き付ける力も、導く力も俺は持っていない。名前を使って鼓舞は出来ても、俺自身にそんな能力は無いのだ。
だからといって今更やっぱりやめたなんて言えるわけがないし……。
それに、メリットもあるのだ。もし神林弓がノエルの言う通りエルフが管理するものなら、エルフのトップに立つことで触れやすくなる。そうすれば選ばれし者を見つけやすくなるし、最悪、しばらく俺が持っておくことも出来る。
となると、神林弓がどんな扱いを受けているのかも確認しておく必要があるな。そもそも、婚約はともかく結婚がいつになるのか、なったとしてリーヴァからリィナに王位継承が行われるのがいつかも分からない。
紅茶のカップに口を付けると、最後の一滴だった。
「今お代わりを入れますね」
「あ、ありがと。……そう言えば、レイカはいつまで俺の世話をしてくれるんだ? リィナ殿下はいいのか?」
紅茶を注ぐレイカに問うと、ティーポットを置いてから答えた。
「お伝えし忘れていましたが、本日から私はリネル様の専属御傍付きとなりました」
「……え? リィナ殿下は?」
「リィナ殿下には私の他にも御傍付きがおり、リネル様にはいないということでしたので提案したところ、私を御傍付きとしてご指名なさったのです。なので、これから改めてお願いしますね」
「あ、うん、よろしく……」
とりあえず頷きながら紅茶を飲んで、自覚する。
御傍付きとか、俺はいよいよ本当にそれなりの立場にいるらしい。こうやって現実味が出てくる度、俺はますますどうすればいいのかが分からなくなっていくのだ。
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