第12話 君がそれを望まなくても
「《エア・フライト》」
柔らかい風が体を支え、ゆっくりとした着地を促した。
急な減速に体が痛むが、それ以上に晴れ晴れとした気持ちだった。
「ふぅ、何とかなるもんだな」
自分でも突飛な行動だったのは自覚しているが、案外何とかなるもんだ。
少し気分を良くしていると、駆け寄ってくる足音が聞こえた。
「す、凄いです! リネル様、空を走って、光が光って! もう、なんというか、凄いです!」
レイカは目を輝かせ、両手を握って力説する。言葉が溢れて纏まらない様子に、微笑ましさを覚えながら笑ってしまう。
「でも、どうして急にこんなことを?」
「これは、そうですね。お礼、でしょうか」
「お礼?」
「はい。昨日お世話になったお礼です。気に入ってもらえましたか?」
「はい! それはもう、凄く! また見てみたいです!」
「もちろんです。と言っても疲れるので、今すぐには無理ですけど」
「分かりました。リネル様の気が向いた時にでも、お願いします!」
レイカは未だ興奮冷め止まぬと言った様子で、かなり喜んでくれているみたいだ。多少の無茶をしてでも、披露した甲斐があるというものだ。
「さて、それでは戻りましょうか。これ以上いては、冷えてしまいます」
「そうですね。後でみんなに自慢を――」
「レイカさん、誰にも言わないでって言ったはずですよ?」
「――はっ! そうでした! 凄すぎて、思わず……でも、それは残念ですね。あれだけ凄いのですから、みんなにも披露してもいいのでは?」
「あー、それは。うーん、そうですね」
そう聞かれると、あまり隠す理由も浮かばなかった。けれど、確かな理由がひとつある。
「過剰な期待を背負うのは、好きじゃないんです。あれが出来るこれが出来る、だからこうしてくれああしてくれ。もちろんたまに言われるだけならいいんですけど。誰かのために何かをするって、少しだけ苦手なんです」
言っていることが情けないと自覚しているので、合間に苦笑いを浮かべて誤魔化そうとした。ただ、レイカを見てみると驚いたように目を見開いた後で、柔らかい笑顔を浮かべていた。
「今、ちょっと突拍子もないかもしれないんですけど、リーヴァ殿下が、リネル様にリィナ殿下を任せようとした理由が、少しだけ分かった気がします」
「……え? 本当に何で? 今俺に任せられそうな要素あった?」
あまりに唐突なことに素で返すと、レイカがはい! と言って嬉しそうに手を合わせた。
「おふたりは似ているんですよ。誰かに頼り、誰かに頼られることが当たり前の社会の中で、そのことに違和感を抱いている。私には理解して差し上げることのできないリィナ殿下の本音を、リネル様なら理解できるんだと思います!」
「それは、どうなんでしょう。また別物のような気もしますけど」
「いえ! 同じです! なんとなくですけど、リィナ殿下のお傍付きを続けて来た者の勘がそう告げているんです!」
鼻息を荒げてそういうレイカは、とても嬉しそうに笑っていた。どうしてそこまで舞い上がるのだろうと考えて、リィナのことを大切に思っているからだと思い至れば、すぐに納得できてしまった。
本当に、本当にリィナのことが好きなのだ。だからこそリィナがひとりを好きなことを理解してあげられない自分自身に悩んでいた。そして、突然現れたリィナの理解者になり得るかもしれない人に希望を抱いた。
でも、それじゃあ俺が騙しているみたいだ。だって俺は、そんなことはしてあげられない。何かを成そうと努力しても、その結果死んできたような人間だ。多くの人を泣かせてしまった、救えなかった人間だ。
誰かに希望を抱かれる存在になるなんて、そんなこと――
あり得ないと口にしようとして、強い風が吹き抜けた。思わず顔を覆っていると、足音が迫って来るのが聞こえた。
草原を踏みしめるその足音は確実にこちらに近づいて来ていて、すぐに乱れた息遣いも聞こえ始めた。
「リィナ殿下? こんなところにどうかしたんですか?」
レイカのそんな声が聞こえてから、顔を覆っていた手をどかすとレイカの言う通り、そこにリィナがいた。髪を乱し、恐らくは部屋着姿のままで、非常に焦った様子。俺の前までたどり着くと膝に手をついて息を切らし、苦しそうに息を吐く。
日中の、気高く洗練されていた佇まいとは打って変わった姿に、どうしたのだろうと心配になる。
レイカが手を貸そうかとおどおどしているのが見えて、俺も声をかけようかと思った時、リィナは鋭くこちらを見上げた。
見上げたその眼に強い意志が宿っているのが分かった。それに真っ直ぐと射抜かれて、思わず動けなくなる。そんな俺の動揺を見てとってか、リィナは息を整え胸を張り、言い放った。
「リネル! 私は考えたわ! 昨日一晩、じっくりとね!」
「……何を、でしょうか」
「決まっているでしょう! あなたとの婚約についてよ!」
「な、なるほど」
確かに、俺も少し考えていたし、考えること自体は自然だな。
ただ、リィナのそれは俺とは熱量が違うように感じた。
「そして思ったの。私は変化を求めているんだわ! 今の退屈な日々に飽き飽きしているの! そんな私に、あなたは新しい何かを与えてくれると確信した!」
変化、と聞いて少し納得したのは、聞き及ぶ彼女の人となりについて。
エルフの持つ高い仲間意識を否定し、ひとりでいることを望む彼女にとって、今の環境は辛いものだろうとは思っていた。周りが優しくするたびに、否定されたように感じてもいただろう。
だったら変えればいい、変わればいいと思うのは必然だ。そして、異分子である俺を見つけた。
「そしてこれらのことを考慮して結論を出したわ!」
息も切れ切れなのに声を張り、体に無理させてそう叫んだリィナは、恥ずかしげもなく宣言する。
「私の婚約相手としてあなたを認めるわ! ありがたく思うことね!」
「……へ?」
ありとあらゆる意味で、思ってもみない発言だった。
婚約話を承認するとは思っていなかったし、この場に現れたことだって想定外。この場で宣言することも、そんな大っぴらに、しかも上から目線に言われることもまったく予想していなかった。
何が何だか理解できないままに数秒過ぎて、俺よりも先にレイカが反応する。
「ほ、本当ですか! こ、これはお祝いです! すぐにみんなに知らせなくてはなりません! ケーキを焼いて、パーティーの準備もしなくては……っ! ああでもその前に、言っておかなければなりません!」
慌ただしく色々と捲し上げ、最後にこちらを向き直ってレイカは頭を下げた。
「おふたりとも、おめでとうございます! このレイカ、心からの祝辞を述べさせていただきます!」
「ええ、存分に祝っていいわよ!」
レイカの祝辞にリィナがすぐに返事を、俺はどうしようかと思っているとレイカが嬉しそうにこちらを見つめて来た。
あ、これはあれだ。俺に期待してる目だ。あんなに目を輝かせて見つめられちゃ、断れないな。
「あ、ありがとうございます……?」
曖昧に答えながらも、俺の動揺はすぐには治まってくれなさそうだった。
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