第11話 見上げる光

 今朝は、不思議と目が覚めてしまった。

 普段ならもっと遅くに目が覚める。いつしか誰かに起こされることを嫌だと感じるようになり、自分で起きるようになってからは少しずつ。

 でも、今日は何故か早く起きてしまった。何か理由が思いつくとすれば、と考えてすぐに顔が浮かんだ。


「リネル……」


 体を起こして呟いたのは、昨日、突然婚約相手の候補なんて言われて現れた男の名前。

 正直言って、気に食わないやつだ。私の考えに賛同こそしたけれど、心の底で何を考えているのか分からないような目をしていた。


 見透かされているような気がした。


 どこか少し遠くにいて、年が一緒だからって同じにするなって、そんなことを言われているような気がした。

 そんなモヤモヤが渦巻いて、私の睡眠を妨げたのだ。


「……風でも浴びよっかな」


 カーテンをくぐってベランダに出る。

 外はまだ暗く、静かだった。葉っぱが揺れる音がして、空を見上げる。

 暗くて、葉に覆われている。ここは、鳥かごみたいだ。


 外の世界を夢見ても、それを覆う木々に阻まれる。自分らしくあろうと思っても、周りに否定される。みんなが私とは違って、私がみんなと違う。そんな孤独感に負けたくなくて、ひとりでいることの強さを説いた。そうして、自分を言い聞かせた。

 お母様は優しすぎるのだ。だから女王としての威厳がない。

 みんな心配性すぎるのだ。だから外の世界を見てみようと思えない。

 ここのしきたりは古臭いのだ。だから、私は馴染めない。

 そう自分に言い聞かせる度、悲しさは薄れて行ったけど、代わりに苦しくなっていった。暗い穴の底に落ちたような、全身を圧迫されるような苦しさだ。冷たくて、真っ暗なのだ。


 冷たい風が吹き抜けて、私の意識は現実を見る。

 目の前には、深く沈む漆黒が映る。木々の間で葉擦れの音が嘲笑うように木霊して、その奥に潜む漆黒を浮かび上がらせている。どれだけ目を凝らしても先は見えなくて、延々と暗闇が続くだけ。

 一筋の光を望むことも出来ない。


「誰か、私に光を頂戴」


 外から来たなら、って希望を持ったけど、きっとそれも無駄なんだ。彼がエルフである限り、彼はエルフであり続ける。私を救い出してくれる光には、なり得ないのだ。

 だってそうだろう。エルフに生まれたのなら、エルフとして生まれるのが道理なのだから。間違っているのは、私なのだから。


 それでも光を望むのが間違いではないと言うのなら、お願い神様。私に、光を見せて。


 どれだけ願っても答えはなかった。代わりに、小さく鳥たちがざわつく声が聞こえる。それから、一際強い風が吹いて、思わず目を閉じる。


「きゃっ……もう、髪が乱れて、って、あれは……」


 暗闇の中に人影が見えた。いや、そんなわけはない。だってあそこは空中だ。人は空を飛べない。正確に言えば飛べないことも無いが、あんなに、あんなに早く空を飛ぶのは無理だ。駆け上がるのは、無理なはずだ。

 思わず何度か目を擦り、もう1度そちらを見てみると何も見えなくなっていた。


「やっぱり見間違い、か……」


 きっと、寝不足で疲れているのだ。これから、二度寝でもしよう。

 そう思ってベランダを立ち去ろうとして、もう1度だけ、縋りたくなった。あと1回くらいなら夢を見てもいいと思えた。たとえそれが、無駄なことでも。

 その、直後。


「……」


 言葉を失った。

 白く広がった光が、弧を描いて落ちていく。色とりどりに変色する色は花弁のように膨らんで、暗闇を照らしていた。私の視界を、覆いつくしていた。

 外界と分断する木々の暗闇の間に咲いたその花は、私の心を大きく揺する。

 光が咲いた。暗い檻の中に、初めて差し込んだ光。何かが込み上げてくるのを感じた。けれど、その正体が分からない。ぐずぐずとしているうちに霧散しそうな淡い感情を、手繰り寄せるように手すりに身を乗り出す。


 暗闇の中に差し込む光が私を包み込む。それは、どれだけ遠くに手を伸ばしても掴めなかった何か──私がずっと探し続けていた答えのように感じた。


 そして、その花の中に浮かぶ人影を見た。空を見上げ、高く手を伸ばす姿。それをぎゅっと胸に寄せ、抱き込んだ。


 天から舞い降りた私の導き手の下に、一心不乱に手を伸ばした。それでも届かない手を引き戻し、私は駆け出した。

 

 何度も何度も否定してきた。淡い期待を抱くのは止めようと思った。それでもこの願いを捨てられないのは、今日のためだったのだと思う。いつか来る、私の孤独を終わらせてくれる瞬間のため。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る