第9話 ここはエルフの街
問いに対する回答は、保留とさせてもらった。
俺自身があまり深く考えたことがなかったことということもあって、答えを出すのに時間がかかりそうだったからだ。
そうこうしているうちに夕食の時間になったらしく、レイカは部屋を去った。
それを確認してから、部屋のソファに腰掛けた。リーヴァと会った部屋のと同じソファらしい。座り心地がよく、暖かい。人肌にも負けない温もりを感じる。
「この暖かさも、エルフの仲間意識の高さから来てる……のだろうか」
例えひとりでいようと安心できる空間。それこそがエルフの求める部屋なのかもしれない。そう言えば、エルフの建物にはどれも扉がなかった。一応の区切りこそあっても常に繋がっている。そう思える環境が、エルフには必要なのかもしれない。
俺だったら物を盗まれたり寝込みを襲われたりするのが怖すぎて、扉の無い部屋になんて泊まれないな。でも、そういう疑念や不安が、ここには存在していないのだ。みんなが助け合い、助けられることを当たり前と考えているからこその部族全体の融合。
なるほど、納得。レイカやリーヴァが初対面の俺にあそこまで厚い信頼を寄せていた理由が、少しずつ分かって来た。
だとすれば、やはりそんなエルフの中からリィナのような、ひとりを好む者が現れるのは異例なのだろう。それが王族ともなれば大ごとだ。
リーヴァのあの穏やかな態度は、エルフの高い仲間意識が理由。例え女王だろうと上から目線で話すのではなく、対等であろうと努力している。それこそがシンラ・カクで求められる女王の理想像だとすれば、リィナの性格は真逆と言える。心配されるのも無理はない。
別に、リィナの性格がおかしいわけではないし、レイカたちの考えが分からないわけでもない。今までにだってやけに仲間意識の高いやつは何度か見て来た。逆に、ひとりが過ぎる人も。
俺はどちらかと言えば後者だが、望んでひとりになったわけじゃない。
自分が動きやすいように、動きやすいようにと意識しすぎて、最終的にひとりに行きつくことが多かっただけ。
リィナは、どうなんだろうか。本当に、ひとりを望んでいるのだろうか。
「考えても、分からないよな」
いくら考えても出ない答えを投げ出して、ソファの背もたれに深く座る。
今考えてみれば、何十年と生き、4度の生まれ変わりを経験してきたが、人間関係が上手くいった試しは1度もない。俺は、元より人との距離感の測り方が苦手な質なのだろうな。
「ほんと、分からん」
「何が分からないのかしら?」
突然声がして、慌てて振り返る。
どこか聞き覚えのある声だと思って見れば、そこにはリィナが立っていた。
まったく気付かなかった。扉がないから自由に入れるのはそうなのだが、足音も気配も分からないとは。相当疲れていた、と思っておきたいな。
しかし、それにしてもどうしてこんなところにリィナが。そう考えていると、リィナのすぐ後ろに食事の乗ったワゴンを運ぶレイカが見えた。
「お邪魔するわ。ちょうど食事だというし、ご一緒させて頂戴。私と結婚したいと思っているなら嫌とは言わないわよね?」
「……もちろん、喜んでお相手させてもらいますよ」
「ふんっ、胡散臭い笑みね。ま、その言葉だけは信じておいてあげましょう」
不機嫌そうに鼻息を立ててから、リィナは部屋の少し奥にある背の高い席に座った。ソファの前にもローテーブルはあるが、食事はあちらで取るのだろう。レイカがダイニングテーブルの前までワゴンを運ぶのを見て、俺も移動した。
というか、本当にいきなりどうしたのだろうか。正直突然のこと過ぎてまったく状況が理解できていない。
リィナがこの場所を知っていたのはレイカが教えたからだとして、どういう理由でここに来るのか。俺を嫌っているはずというのも考慮すると、ますます意味が分からなかった。
助けを求めようと黙々と食事の支度をするレイカを見れば、視線を逸らされてしまった。何か、事情があるらしい。
どうやら助けは期待できないらしいと分かり、覚悟を決めてリィナの方を向く。
相変わらず綺麗な顔立ちだった。幼さとは裏腹に、凛々しく引き締まっている。なんというか、女王としての貫禄ならリーヴァよりもリィナに軍配が上がりそうなほど。
どちらも外見が若すぎるという点では同じだし、入れ替わっても多少の違和感しかないことだろう。
それな俺の考えなど知るはずもないリィナだが、不機嫌そうに目を吊り上げてこちらを睨んで来た。
「リネルって言ったわね。あんた、何考えてるわけ」
「何、とおっしゃられますと?」
「私との婚約についてよ。あんたも、しきたりが大事なんていうんじゃないでしょうね。シンラシンラの外から来たって聞いたわ。まさか、こんなお遊びが大切だなんて、本気で思ってないでしょうね」
それは、質問と言うよりは確認をされているようだった。
……なんか、少しずつリィナの性格が分かってきた気がする。
きっと、この他人への押し付けが強すぎる性格が悪さしているのではないだろうか。王族として育てられ、甘やかされたからなのだろうか。上から目線で我を押し出しすぎるから周りと波長が合わなくなる。
そして、自分自身も周りと合わせられず、それが苦痛となってひとりでいたいと思うようになった。そんな所ではないだろうか。
だからと言って、彼女に伝えられるような何かがあるわけではない。残念ながら、言葉で誰かを説得するような技術は持ち合わせていない。
どうせ俺にとってそこまで重要なことではない。この場を切り抜けるために、適当なことでも言っておこうか。
「そうですね。確かに大切なことではありません。しきたりはしきたり、リィナ殿下はリィナ殿下です。リィナ殿下の望むとおりにするのが良いかと」
「やっぱりそうよね! いいわねあなた、気に入ったわ!」
「それはよかった。と、食事が冷めてしまいますね。食べませんか?」
「ええ! そうしましょう!」
さっきまでの不安気な表情をいっぺん、リィナは笑顔を浮かべて食事を始めた。
その所作を少し見ていたのだが、テーブルマナーは完璧だった。人間の文化と差異こそあったが、礼儀正しく作法を守っていた。
根がこれだけ真面目なのだ。真の意味で理解できる人が現れたのなら、きっと彼女は救われるのだろうなと思う。
それはそうとして、エルフのご飯は美味しかった。
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