第8話 落ち着ける場所

 豪華絢爛、なんて言葉がお似合いのその部屋に驚愕していると、レイカが俺に続いて部屋に入って来た。


「お気に召したでしょうか」

「お気に召したって言うか……ちょっと、俺には勿体ないと思うんです」

「そんなはずはありませんよ。いつか、この国の王にならせられる方なのですから!」

「……そうは、ならないと思いますけどね。俺はそんな大層な存在じゃないですから」


 過剰な期待が重すぎる。

 そもそも、現時点で俺はリィナに嫌われている。婚約話は無しになるのではないだろうか。そうなったとき、世話した分のお礼参りとかされないだろうな。そう思っても仕方ないくらいここは良い場所だし、レイカの態度が甲斐甲斐しい。

 というか、待てよ? 今まで普通に疑問も抱いていなかったけど、レイカはどうしてこんなに良くしてくれているんだ? リィナの婚約者候補とはいえそれだけだし、候補だとして、信用ならないんじゃないだろうか。

 思い返してみればリーヴァもリーヴァだ。一国の女王が、こんなやつにあそこまでよくしてくれるものだろうか。これまでの人生の中で、いく度か貴族と相手することも会ったし、そうするにふさわしい立場にいたこともあってうっかりしていたが、今の俺はそこらの一般市民未満の、身元不明の立場にいる。


 ……何かの詐欺じゃないだろうな。


「えっと、レイカさん」

「はい、なんでしょうか」

「俺、本当にここまでされていいんですか? そもそも、どこの馬の骨とも知れない俺にここまでする理由がないというか。自分で言うのもなんですけど、俺こんなことされるような人……エルフじゃないと思いますよ?」


 俺がありのまま思ったことを聞いてみると、レイカは小首を傾げた。

 何かわかりづらい説明があただろうか。そう思って再度説明しようと思ったところ、レイカが口を開いた。


「え? だってリネル様はエルフじゃないですか」


 じゃないですかって言われましても……。

 と突っ込みを入れようとして、思い出す。そういえばエルフは孤高の種族だが、その分種族同士の結びつきが非常に強い。仲間意識が高いと言えばいいのだろうか、エルフ内での争いごとは滅多にないというほどだ。

 俺が人間だった頃にそんな話を聞いたし、今世の両親も似たようなことを言っていた。その空気感に慣れずに抜け出してきた、なんて言っていたからみんながみんな仲間意識が強いわけではないようだけれど、こうやって王族に仕えるような人だ。仲間意識が特段高くても不思議じゃない。


 つまり、俺は同族と言うだけでここまでしてもらっているわけだ。どうにも感覚が狂う。


「あれ? 私おかしいですかね?」

「いえ、全然。俺は外で生まれて外で育ったから、感覚がずれてたみたいです」

「なるほど、そうでしたか。大丈夫ですよ。ここでは、みんなリネル様の味方ですので」


 そう言って、レイカは笑顔を浮かべた。

 とても自然で、柔らかい笑み。それを見て一瞬、ずいぶん昔の光景が頭をよぎった。それが、あまりに似ていたのだ。


 最初の転生をした時。魔術師として魔法を極めていた頃の俺を隣で支えてくれた幼馴染が、時々、あどけなく笑っていたのだ。今レイカが浮かべたものと似た、優しい笑顔を。

 アーロは、元気にしているのだろうか。何事もなければまだ生きていてもおかしくないくらいのはずだ。


 死んだ後ではもう遅いけど、アーロは案外、俺のことを大切に思ってくれていたのかもしれない。当時はライバルだってはやしたてられ、ことあるごとに力比べをしていたけれど。

 まあ、そんな相手だったからこそ、俺も信用して聖法器を託したわけだし。


「リネル様? どうかしましたか?」

「え? あ、なんでもないです」


 レイカに顔を覗き込まれ、思わず身を引く。


「そういえば、ご飯はどうすればいいんですかね。もしあれなら、森の外まで狩りに行きますけど」

「ふふっ、そんなことはしなくて大丈夫ですよ。もうそろそろ夜ご飯の時間ですし、お持ちします。それまではごゆるりとお寛ぎください。お疲れのはずです」

「まあ、そういうなら。お言葉に甘えさせてもらいます」


 正直気が引けたが、おもてなしを無下にするのも失礼だろう。それに、この部屋に興味があるのも事実だ。今こうして立っているだけでも、不思議と安心できる。エルフの本能が自然の癒しを求めているのかもしれない。だとすればこの部屋の造りは秀逸だ。いるだけで使用者を安心させられる部屋なんて聞いたことがない。


 そう思っていたのだが、レイカが何か言いたそうに体をもじもじとさせていて、中々この場を収められない。

 言いたいことがあるなら言って欲しいが、何か言いにくいことなのだろうか。こっちが黙っていれば八百長になりそうなので、切りだしてみる。


「えっと、レイカさん、何か言いたいことでも?」

「えっ? あ、は、はい! その……リネル様は、リィナ殿下のことをどう思っていますか?」

「殿下のことを? そう言われても、まだリィナ殿下のことをあまりよく知りませんから」


 好きかどうかを聞かれているのならまだその段階ではない。そう答えようとして、レイカの声が割って入った。


「いえその、なんというか。リーヴァ殿下が、お話しになられたかもしれませんが、リィナ殿下は今、孤立していらっしゃるのです。多くの私たちエルフと違い、リィナ殿下はひとりでいることが好きなようでして。私には、あまりその気持ちが理解できないのです」


 切実そうにそう言って、レイカはスカートの裾を握る。


「ひとりは、寂しいです。隣に誰かがいないと不安になります。話し相手がいないとつまらないです。そう思ってしまう私たちのことを、リィナ殿下は理解できないとおっしゃるのです。私は、私たちエルフが互いを大切に思うことを、素晴らしいことだと考えています。ですが、リィナ殿下はそうではない。……リネル様が、私たちとは違う感性をお持ちと見込んで、お訪ねしたいのです」


 レイカの瞳が不安に揺れ、乞うようにこちらを見上げる。何を乞うているかといえば、きっと、問いに対する答えだ。


「リィナ殿下を、私たちを。どう思いますか?」


 不安そうで、辛そうだった。もしかすると、これまでずっと悩んできたことなのかもしれない。それが、俺と言う異分子と触れたせいで爆発した。そんな所ではないだろうか。

 それにしても、どう思いますか、か。


 確か、今世の父が言っていた気がする。

 俺はたったひとりを愛せればそれでいい。それなのに他のエルフたちは、仲間のすべてを愛することを強要する。それが息苦しかったのだと。母も、きっと似たようなことを考えていたに違いない。

 エルフの高い仲間意識は遺伝子的な何か、というわけではない。文化だ。そして、文化は常に変わり続ける。新しいものを取り込み、柔軟に対応していく。外部との接触が少ないからこそその変化が緩やかなエルフだが、それでも変わっていく。

 だからこそ、俺の両親やリィナのような考えの持ち主が生まれたのだろう。


 そこまで考えて、俺は両親やリィナと考え方が似ているのだということに気付く。誰にも愛され、誰もを愛す博愛主義者ではない。何が何でも仲間を守るような、そんな高い仲間意識は持ち合わせていない。

 

 かつての俺は、こんなことを言っていた。それは、俺が初めてこの世に生を受けたその人生。その中で、多くの人が俺に助けを求めた。決まって、俺はこう返したのだ。


『俺は誰かを守るために戦うんじゃない。ただ……ただ、それが使命だから戦うんだ。それ以上でも、それ以下でもない』


 今思い返せば青臭いことこの上ない、けれど、今でも変わらない考え。


 もし俺が誰かを愛すことがあるのなら、それもきっと、それが俺の使命だからなのだろう。

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