第7話 プリンセス・リィナ
「あなたが私と婚約したいって言ってる人? 人の迷惑も考えて!」
初対面の相手にそんなことを告げられ、俺は恐る恐る振り返る。
腕を腰にあて、胸を張って不機嫌そうにしているのは、確かにどことなくリーヴァの面影を感じさせるエルフの少女。
氷で見た自分と同程度の背丈で、他のエルフと比べてもやはり幼い。この頃のエルフの姿は、人間の年齢と同じ感覚で考えてよさそうだ。
金色の髪は柔らかくウェーブを描いて腰まで伸びる。その髪の綺麗さは母譲りなのだろう。黄金にも劣らない輝きをしている。そして瞳は済んだ青色。リーヴァが宝石のような輝きだったのに対し、リィナは広がる海のように爛々と輝いている。
体付きは幼いがスラッとしていて背筋もピンと立っている。髪飾りは白く開いた大きな花。そこを起点に渦巻き状に結ばれた髪は、彼女の右側に咲き誇り、アンバランスながらも彼女の豪快さを物語っているようだった。
「リィナ、失礼よ? ネル君はただ、リィナと同い年だったからしきたりに従って訪ねて来てくれただけ」
「そもそも! そのしきたりだって意味が分かりません! 何ですか、運命的な繋がりって!」
「大切なエルフの伝統なのよ? 特に王族の間では重要視されていて、私とお父さんだって同い年よ?」
「それはお母様の勝手です! 私には関係ありません!」
振り返った俺を無視し、リィナはリーヴァと口喧嘩を始めてしまった。
怒り口調のリィナに対し、笑みを絶やさないリーヴァ。ふたりの外見年齢だけだったら姉妹喧嘩にしか見えないがこれは親子喧嘩であり、何ならリィナの方はだいぶ本気で怒っているらしい。目が釣りあがっている。
それでも美しく見えてしまうのは、最早エルフの特殊能力だ。
そんな、決して微笑ましいとは言えない状況に気まずさを覚えていると、リィナの視線がこちらを向いた。
ははっ、怒った顔も可愛いですね。なんてことを言ったらすぐにでも殺されそうだ。
「あなた! リネルとか言ったわね!」
「あ、はい」
大声を荒げられ、思わず返事をする。
凄い圧だった。流石に命を脅かしてくる魔物と比べればなんてことはないが、今まで会ったどんな人間よりも怖かった。
「私はリィナ、初めまして!」
「は、初めまして」
「早速で悪いけど帰って! これは私とお母様の問題なの!」
「で、ですがその……」
「返事は!」
「は、はい!」
な、なるほど、リーヴァが手を焼いているわけだ。
リィナは相当にお怒りらしい。それを正面からぶつけられ、俺は思わず立ち上がる。ただ、一応リーヴァに呼ばれてここまで来たわけで、そのご本人に確認もせずに出て行くのもどうかと思い顔を伺う。
するとリーヴァは仕方なさそうに首を振って肩を落とした。どうやら言う通りにしろとのことらしい。
「レイカ、部屋は空いていたわよね。本日は泊めて上げてくれるかしら。リネル君、今日泊まる場所はないでしょう?」
「いいんですか? どうしようかと思っていたので助かります」
「ちょっとお母様! 今は私が話をしています!」
「リネル君はお客様よ? お話がどうなったとしても、おもてなしすべきだとは思わない?」
「……分かりました。少し待ちます」
「ええ、ありがとう。それじゃあレイカ、よろしくね。今晩のリィナの当番は、レイカじゃなかったはずよね?」
「はい。それでは、本日は私がリネル様のお手伝いをさせていただきますね。リネル様、こちらでございます」
「えっと、よろしくお願いします?」
結局、話しがよくまとまらないままに、俺はリィナたちの前を後にした。
それから昇降機を利用して下まで降りる。ただ最初に訪れた場所ではなく、途中の階層で降りた。
「このシンラ・プライドはシンラ・カクの中枢にして、重要機関の集合体です。ありとあらゆる施設はここに集約されていて、お客人を迎えるお部屋もこの中に用意されています。と言っても、あまり使う機会はありませんけどね」
昇降機から降り、部屋まで案内される間にそんな話を聞いた。
なるほど。お城みたいだと思ったが、そもそもの領土が少ないシンラ・カクにしてみれば、お城だけではなく、兵隊の駐屯場や裁判所、その他貴族の居場所なんかも集約した方が利便性が高いということの様だ。
その上シンラ・カクには外部からのお客と言うものは滅多に来ない。エルフが孤高の種族であり他種族を好まないこと、そして世界中にいるエルフの内その大半がこのシンラ・カクで暮らしていることを考えれば、こんな重要施設に宿代わりがあるのも納得できる。
シンラ・カクの外にいるのは、俺の両親みたいな好奇心旺盛な冒険家くらいなのだろうし、帰ってくることも滅多にないのだろう。
そんなことを考えながら、部屋の前。
シンラ・プライドの一階や先程リーヴァと会った部屋と同様にやはり扉はなかったが、個室ということもあってかカーテンがかけられている。それも魔力を編み込んだカーテンらしい。効果は……遮音、だろうか。部屋の奥がよく見えないことも考えると、幻覚? の類の効果もありそうだ。
「こちらになります。今晩はここをお使いください。何かご不明な点、ご入用などございましたら、すべて私が対応いたしますので」
「本当にいいんですか? だって、レイカさんはリィナ殿下の御傍付きなんですよね? 俺なんかの相手をする必要はありませんよ。部屋を貸してもらえるだけでもありがたいです」
「いえ、そうはいきません。リネル様はリィナ殿下の将来の結婚相手にならせられる方ですので。あ、私に対しては敬語も敬称も不要ですよ。シンラ・プライドにいる間は、いつでも呼んでください。リィナ殿下当番で無い日なら、いつでもお相手しますので」
顔を見てみると、わりと本気っぽかった。これを笑って流すのもあれだと思うが、真面目にそうします、というのも躊躇われる。
決して人付き合いが得意ではない俺としては、ここは無言で頷く、を選択するしかなく。
それを実行した後に、部屋に入る。
カーテンに触れると同時、ほんのりと暖かさを感じた。他にも効果がありそうだとは思ったが、保温効果まであるなんて。風林車といい昇降機といい、そしてこのカーテンといいエルフの魔法を応用した技術力は本当に凄いな。人間のそれと比べても、圧倒的に発展している。
そして、そんなカーテンをくぐったその先には、木々の温もりに包まれた部屋が広がってる。
全体的に明るい色の木で作られた部屋に、魔法照明の仄かな明かりが満ち、白っぽい木で出来た家具たちが並ぶ。そのほとんどを植物で構成された部屋は華やかで自然に溢れており、それだけで心洗われるような空間で。
「というか、広くない?」
しっかりと手入れがされているのだろう。ひとつの不揃いもなく、完璧に掃除され、しまいには花の香水、だろうか。嗅いでいて、思わず気が緩んでしまうような心地いい香りまで漂うこの部屋は、まさに貴族様が使うようなとても豪華な部屋だった。
明らかに身に余る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます