第6話 母親
「いきなりのことでごめんなさいね、私も少し、舞い上がっちゃって。レイカ、リネル君にもお茶をお願いできる?」
「かしこまりました」
そうは言っても未だ残る緊張を察してくれたのかもしれない。
リーヴァはそんなことを言って間を保ってくれた。
綺麗で親し気なだけでなく、気遣いまでしてくれるとは。本当に女王様へのイメージが崩れるな。
こちらから話をすることを躊躇し黙り込んでいると、リーヴァが口を開いた。
「確か、レオンとロイラに連れてこられたのよね?」
「え? ああ、そうですよ。シンラ・シンラの外で気絶してたところを、拾ってくれたみたいで」
「まあ、それは大変だったわね。疲れいないかしら。もしまだ具合が優れないなら、対談はまた今度にするわよ?」
「いえ、お構いなく。ここまでに風林車の中で休ませてもらいましたから」
「そーお? それならよかったわ。でも、ふたりの相手は大変だったんじゃない?」
「それは、どういう……」
というか、もしかして住民一人ひとりの名前を憶えているのだろうか。レオンとロイラはシンラ・プライドの人、って感じでもなかったと思うが。
「ふたりはちょっとお転婆なところがあるから。色々振り回されたんじゃないかしら」
「ああ、まあ、少し……抜けているところがあるなぁとは」
「ふふっ、悪い子たちじゃないのよ? 若い子たちだから、張り切ってて。ちょっと配慮が足りないところがあるのは目を瞑って上げて頂戴」
「いえいえ、こちらは助けてもらった身ですから」
「そーお? リネル君は優しいのね。もしよかったらシンラ・シンラの外でのことも、また今度教えて頂戴。リネル君がどんなことをして過ごしてきたのか、とても気になるわ」
そう言ってリーヴァは柔和な笑みを浮かべる。なんというか、本当に可愛らしい人だ。こちらの緊張感を取り除き、安心感を与えてくれる。これが彼女なりの人心掌握の手段だとしたら俺には効果抜群だ。すっかりリーヴァを疑う気を削がれてしまった。
「それで、話しは戻るのだけれど。リネル君は今、10歳なのよね? 実はね、うちの子と同い年なのよ」
改まってそういうリーヴァは、頬を淡く染めて恥ずかしそうにしていた。
やめてくれ、まだ顔も知らないあなたの娘ではなくあなたに惚れそうになるから。いやまあ、これまで女性を避けてきた俺だけあって、そんなことにはならないが。
きっとあれだろう。娘の恋愛事情を気にする親の心情は、もうほとんど自分事なのだ。どの人生の母親も、俺の結婚相手はどうのこうのと、そんなことを言うことが1度や2度はあった気がする。
その妄想が現実になった試しは1度もなかったわけだが。
残念ながら、俺のことを好きになる女性はいなかった。と言っても、俺自身強くなることにばかり夢中で、恋愛に積極的じゃなかったからな。仕方ない。
「リネル君は私たちのしきたりは知ってる?」
「ええ。両親はここの出身ですから」
昔の記憶を漁っていて思い出したが、両親はちゃんとシンラシンラの生まれで、ここに着いて色々話をしてくれていた。同い年同士は婚約、というのもその中で聞いたことだったような気がする。
「じゃあ、もう分かっているかもしれないわね。私たちのしきたりに従うのなら、私の娘、リィナの婚約者として、リネル君を迎えることになるの。ただ、リネル君はここの出身じゃないから、断ってくれても構わないわ」
おおっ! 流石はリーヴァ様だ! 分かってらっしゃる!
そう思ってリーヴァの言葉に食いつこうとした時、リーヴァは少し寂しそうな表情を浮かべて視線を逸らした。それを疑問に思って口を噤むと同時、背後から足音が聞こえて来た。
「お待たせしました。お紅茶をお持ちしました」
「あらレイカ、ありがとね。ごめんなさい、私の傍付きの人たちはみんな忙しくしちゃってて」
「いえ。私は確かにリィナ殿下の御傍付きを任されておりますが、リーヴァ殿下もことも心よりお慕いしています。こうして尽くすことが出来ることを光栄に思っています」
そう言って嬉しそうに笑いながら、レイカは俺の前に紅茶の入ったカップを置き、リーヴァのカップに紅茶を注ぐ。
それから小さくお辞儀をして、入り口の近くに控えた。
やっぱり、慕われているな。
これだけ笑顔が素敵で優しい人なのだ、当たり前だろう。
だからこそ、さっきの寂しそうな顔が気になって。
誤魔化すように紅茶に口を付ける。
「あ、美味しい」
「まあ、本当? リィナが育てている茶葉を使ったのよ。気に入ってもらえたなら何よりだわ。私も好きだけれど、まだまだ爪が甘くて。ここのみんなの口には合わなかったのよね」
「え? これを、娘さん……リィナ殿下が?」
普通に娘さんとか言ってしまった。
俺も俺で外見年齢とは大分そぐわない実年齢をしているからな。というか、それを考慮するのならこの婚約話は無しになるのでは……?
いやまあ、転生のことを話すのは禁止されているのでそんなことにはならないけど。
そんな下らないことを考えている間に、リーヴァの独白が始まってしまった。
「リィナはね、寂しがり屋なの。周りに人がいるのに、自分は周りとは違うんだって疎外感を覚えている。それで、突然お茶の葉の栽培を初めてね。それからほかの植物も。きっと、植物をお友達にしているんだわ」
カップのふちを触りながら、リーヴァは寂しげに言う。
「優しく、してあげているつもりなのだけどね。リィナはあまり、私のことは好きじゃないみたいなのよね。最近じゃあ私と遊ぼうとしてくれないわ。まだ10歳、遊び盛りのはずよ。……そうなるともう、リィナを家族のように扱える人は他にいないの。私の夫も、リィナが生まれた頃には死んでしまっているから。……もちろん無理強いはしないのだけれど、もしよければ、少しだけでも考えてみてもらえないかしら。会って、話をしてみてからでも遅くないと思うの。どう、かしら」
ためらいがちなのは、本当に無理強いするつもりがないだからだろう。普通は女王相手ならどんな言い方されても受けなければいけないのだろうけど、この人相手だとそう思わなくて済むのも、少しずつ慣れて来た。そうは言ってもまだ抵抗はある。
話をしてからでもいいと言われたが、そもそもリィナ殿下はどう考えているのだろうか。
と思ったその瞬間、どたばたと慌ただしい足音が聞こえて来た。
「ちょっとお母様! 婚約とは、どういうつもりなのですか!」
背中からそんな怒鳴り声が聞こえてきた。
どう聞いても婚約に反対しているんですけど?
先程のドタバタとした足音と言い、今の怒鳴り声と言い。何なら、怒りが漏れているせいかピリピリとした空気が漂っている。流石はエルフのお姫様、潜在能力はお高いらしい。
そんな人を相手に、振り返る勇気が湧かなかった。
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