第5話 クイーン・リーヴァ

 シンラ・カクの中央にそびえる巨木。城のようにそびえたつこの木を、エルフたちはシンラ・プライドと呼ぶらしい。

 外観の通り中まで木で出来ていて、どうやら全部くり抜いて作ったらしい。壁や床、天井には木目が見えている。部屋を区切る扉は無いらしく、アーチ状にくり抜かれた先に空間が広がっている。


 そんな場所に入って早々、俺は給仕服を着たエルフに出迎えられた。

 給仕服と言っても、人間たちの間で主流なメイド服ではない。給仕服だと分かったのも、この場にいる多くの人がそれを着ていて、その上掃除や食事の運搬など忙しそうにしていたから。

 レオンやロイラもそうだったが、エルフの服は木々の民だからか緑色を基調にするものが多い。しかし、葉っぱを加工するなんて野暮なことはしない。人間と似たような製法で服を編んでいる。それどころか、植物に精通している分、より頑丈で機能性に優れた植物繊維製の服を作れているようだ。

 実際、俺の記憶の中でも俺の服はすべて母親の手作りだった。


 そんな素材で作られた、長い丈で暖かそうな、シンプルな柄の服を着こんだ女性の一人が、俺たちの前に立っている。

 お辞儀をして挨拶をする、というのは人間のメイドと一緒らしい。


「ようこそお越しくださいました。本日はどういったご用件でしょうか」

「リーヴァ様にお時間はあるだろうか。実は、10歳になる男を見つけてきたんだ!」

「えっ!? そ、それは本当なのですか!? す、すぐにお伝えしてまいります! 少々こちらでお待ちください!」

「ああ、ゆっくりでいい……行っちゃったな」

「当然の反応と言えば当然の反応だけどな」


 苦笑いを浮かべるレオンとロイラ。そして、給仕さんのさっきの反応。もう聞くまでもない。


 今の王族に、俺と同い年のエルフがいるッ!


 いや待て落ち着け、まだそうとは限らない。もしかすると給仕係の方かも知れないだろ? 落ち着くんだ俺。


「でもこれで安泰だな」

「ん? 何がだ?」

「いやほら、リィナ様は気難しいお方だったから。これでリーヴァ様が継承者に悩む必要もない」

「ああ、そうだな。リィナ様はひとりっ子であられるから、心配だったんだよな」


 レオンとロイラの会話が、俺の希望を奪い去った。

 しかも、聞くところによれば俺の相手は今の女王様の一人娘、つまりは王女様だ。とてもじゃないが身分が釣り合わない。

 というかそういう話でもないのだ。もし俺がそのエルフの王女様と結婚することになったとして、俺は王族になることになる。そうなれば執務が付きまとうわけで、行動が制限されるようになる。


 ノエルに言われた使命もあるし、それは普通に困る。


「ん? おいリネル、どうしたんだ? そんなに思いつめた顔して」

「あ、い、いえ、なんでも……」

「おいおいレオン、女王様との結婚だ。緊張するのも当然じゃないか」

「それもそうだな。ま、頑張れよ! これも運命のお導きだ! きっと上手くいくだろうさ!」


 そう言って笑うレオンと、それに同調するロイラ。エルフがこんなに楽観的だったとは思わなかったとかそんなことを言っている場合じゃない。これでまだかすかに、ほんのわずかに残っていた可能性が潰え、俺の女王様との婚約が確定したのだから。


 俺が思わず頭を抱えていると、慌ただしい駆け足で先程の給仕さんが戻って来た。


「リ、リーヴァ殿下はすぐにでも会いたいと申されておりました! さ、早速ではありますが、ついて来ていただけるでしょうか。えっと、そちらの坊ちゃまですよね?」

「ああ! ほらリネル! リーヴァ様がお呼びだぞ!」

「俺たちは氷を届けてくるからな! いい知らせを待ってるからな!」


 なんて、ふたりは手を振りながら帰っていった。

 出会って間もないが、あまりに他人事すぎるだろその態度にわずかな殺意を覚えた。こっちの悩みも知らないで。


「リネル様、と呼ばせていただきます。私は普段リィナ殿下の御傍付きをしております、レイカと申します。その、リィナ殿下をどうかよろしくお願いします!」


 外見年齢18歳くらいの給仕さんは、勢いよく頭を下げる。

 そんな姿を見て断ることが出来るはずもなく……。


「あ、はい」


 俺は、力なくそう答えた。

 どうしよう、どんどん外堀が埋められていく。


 それからレイカに案内された俺は、シンラ・プライドの頂上を目指した。最初に登ると聞いた時は外側から見た時の高さを思い出して絶望したが、風魔法を応用した昇降機があると聞いて感動した。

 なんとこの昇降機、浮遊魔法よりもずっと早く上下運動が可能だったのだ。木の幹の一部を円柱状にくりぬき、そこに作った足場を風魔法で上下させるだけ。しかしその速度と安定性は流石の一言。風林車に使っている技術と同系統のものらしいが、驚かずにはいられない。

 エルフの技術力、やはり侮れなかった。


 しかし、そんな俺の感動はすぐに霧散する。屋上にたどり着き、ここです、と案内された部屋に、女王様がいたからだ。


「殿下、お連れしました。リネル様です」

「ええ、ありがとう。えっと、リネル君、でいいのかしら? こちらにいらっしゃい」


 その部屋は、俺が想像していたような場所ではなかった。王族と会うということでてっきり広々とした謁見の間を想像していたのだが、そこはどちらかと言えば休憩室のような作りに見えた。

 丸ごと木を彫ったのであろうローテーブルを、柔らかそうなソファで挟んでいる。壁には木製の棚に装飾品が飾られていて、天井から吊るされた球体からは淡い光が放たれている。

 そして、俺から見て奥の方のソファ。その上で優雅に紅茶を飲んでいる女性が、女王リーヴァ殿下らしい。


 他のエルフたちと比べても一層輝かしい金髪を背中半ばまで伸ばし、子持ちとは到底思えない若々しい美貌を笑顔で彩ろるその姿は、大人びた雰囲気を纏いながらもわずかに漏れる幼さと調和して俺の見たことのない黄金比を作り上げていた。

 不思議なのは、エルフ特有なスレンダーな体格をしているのにも関わらず溢れ出る抱擁感だった。それは、言い換えるならば寛容さの表れなのかもしれない。彼女が心に抱く大きな器、そのもののように思えた。


 レイカが控えたのを見てから、俺はリーヴァの呼びかけに応じて部屋に入る。そして、勧められるままにリーヴァの対面に座った。


「初めまして。リーヴァです。早速だけど、娘との婚約のこと、お話しさせてもらえる?」


 女王と言われるにはあまりに親し気なその口調に、俺の中の緊張は端からほどけて行く。エルフという孤高の種族の女王と言えばもっと厳かなのだろうと思っていたからこそ、あたかも対等な対話のように見える現状に困惑する。

 少しの希望を抱いたのは、リーヴァが話が通じそうな相手と言うこと。これならもしかすると、交渉によっては婚約も無かったことに出来るかもしれない。


 わずかな期待を抱きながら、受けた態度にはそれ相応の態度を、がポリシーの俺は笑って答える。


「はい、よろしくお願いします」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る