第4話 シンラ・カク
森の中に入ると、馬車の揺れは一切なくなった。
荒野を走っていてあんなに揺れていた馬車が、どうして森の中に入ってこうも静かになったのだろうか。
「馬車が、全然揺れていないですね」
「馬車? ははっ、外の文化に触れすぎたな。それともあれか、シンラシンラは初めてか?」
「え? あ、まあ、はい」
「これは馬車じゃなくて風林車だ。ほら、前を見てみろ」
そう言われ、小窓から御者の前の方を見てみると、確かに馬はいなかった。代わりに魔法の杖らしいものがくくられている。
「風林車はエア・フライトを応用した魔法で動く車だ。風魔法は自動で制御されるから、後は方向だけ決めれば勝手に進んでくれる。どうだ、凄いだろ?」
「はい、とても」
なんて口では淡白に答えたが、内心かなり興奮していた。
人間時代、一番技術が発展しているのは人間の国、ナオロイアス帝国だと思っていた。だが、あそこの馬車と比べてもずっといい性能だぞ、この風林車。
そんなことに感動しながらも、目的地を知らないことを思いだす。この調子だとすぐにでもつきそうだが、これはどこに向かっているんだろう。
「あの」
「ん? どうした?」
「これからどこに向かうんです? 集落に帰る?」
「ああ、そうだぞ。氷をみんなに届けにな。ただ、お前さんがいるからちょっと寄り道するけどな」
「寄り道? どこにです?」
「それは内緒、ってそろそろ着くな。安心しろ、すぐに分かるって!」
良い笑顔でそんなことを言われ、少し嫌な予感が過ぎった時、馬車……ではなく風林車が止まる感覚がした。これは凄い。止まる時にもほとんど振動がなかった。これは後々研究したいところだな。
「よし、着いたぞ。ほら、えっと……」
「リネルです」
「そうそう! リネル、降りてくれ。あ、ついで言っておくが、俺はレオンだ、よろしくな。前にいたのはロイラだ」
「よろしくお願いします、覚えておきますね」
レオンに手を貸してもらいながら風林車を降りると、そこにはエルフの集落が広がっていた。
「凄い……ここがエルフの集落か」
「ああ、ようこそ。シンラ・カクはいいところだぞ」
「シンラ・カクって、この街の名前ですか?」
「ああ、そうだとも」
エルフの集落。正直、想像してたのとは大分違った。
ここに来るまでの道のりでは森林が濃くて暗かったが、シンラ・カクでは木々の葉を上手く剪定しているらしい。淡く光が降り注いできていた。流石に荒野の日差しと同じとは言わないが、十二分に生活できるだけの明るさがある。
「森の中で、こんなに明るいなんて……それに、建築技術も凄い。魔法を応用している、んだろうな。人間じゃあ、こんなのは作れそうにない」
俺はてっきり木々を倒してその合間に土地を作って家を建てているのかと考えていたが、どうやらいわゆるツリーハウスを使っているらしい。辺り一面に見える木々のすべてに木で建てられた家が見えた。それらを木と縄で編んだ橋で繋いでいる。それもただ木に乗っかっているだけじゃなく、魔力の感触からして風魔法で支えてる。
「なんか、凄いな。綺麗だ」
「お、ありがとな。俺たち自慢の街だ!」
「はい、これは本当に、凄いです」
思わず感嘆した。
そこには、木々や風と融合した、俺のまったく知らない街並みが広がってる。いや、これを街というのは失礼かもしれない。漂う神聖な雰囲気が、俺が想像していたエルフの美しさをありありと感じさせた。
ツリーハウスを見上げれば、家のベランダで寛ぐエルフや、橋の上で楽しそうに談笑しているエルフ、少し遠くの方では弓の練習をしているエルフなんかもいた。みんな遠目からでも分かる美貌を持っていて、その上分かりきってはいたが若々しい。流石は人生のほとんどを若い姿で生きる種族だ。
ただ、逆に俺ほどまでに幼い容姿のエルフは少ないらしい。そりゃそうだよな。エルフにとっての10年は精々俺たちにとっての1年ちょっと。あっという間に過ぎ去ってしまう。人数の規模があまり多くなさそうなこともあって、同年代は少なそうだ。
他にも、森の中特有の香りや、日光のおかげかシンラ・カクの外と比べて暖かい風の感覚、楽しそうな笑い声。とても穏やかで、のどかな空間だ。
俺がそんな景色に感動していると、ロイラから声がかかった。
「おいレオン、さっさと行くぞ。リーヴァ様に早くお伝えしなくては!」
「お、そうだな。リネル、ついて来てくれ」
「え? ああ、分かりました。って、ええっ!?」
名前を呼ばれて振り返り、視界に入ってきた光景を見て思わず声を上げた。
ツリーハウスたちが綺麗でそちらばかり意識していたせいで、真後ろのもっと凄いものに気付かなかった。というより、元よりレオン達の目的地はこっちだったらしい。
それは、この森の中で見たどんな木よりも太く、高い木。神でも宿っていそうなその木には、たくさんの穴が開いていた。しかしそれは腐りかけとかそういうわけではなく。そう、例えるのなら1本の木を削って作った城だった。
明けられた穴は窓やベランダのようになっていて、柵がついていたり、光が漏れてきていた。恐らく魔法の明かりだろうけど、他の家では使っていなかったのを見るに貴重なものなのだろう。
また、装飾が豪華だった。葉っぱや蔦を使った紋章が作られていたり、魔力を帯びた縄によって大きなリボンのような飾り付けがされたりしている。その、目算でも数百人くらいがいっぺんに住んで余裕がありそうな木を見上げて、レオンが言う。
「これから、シンラシンラの女王様、リーヴァ様に会ってもらうからな!」
「え、あ、はい……って、え?」
見上げた木よりも大きな衝撃に見舞われて、俺は思わず呆けた。
「え、じょ、女王様?」
「ああ。執務がおありだろうけど、今は時間を取っていただけるだろうか」
レオンは何かぶつぶつと言いながら先を行ってしまった。ロイラも同様だ。そして、本来なら俺もそれについて行くべきなんだろうけど、躊躇してしまった。
先程、レオンたちがいきなり騒ぎ出した時、俺が伝えたのは年齢の話だったはず。そして、俺は母親から語られていたエルフのしきたりの中に、年齢に関わるものがあったことを思い出していた。
「同じ年のエルフ同士は婚約する。理由は、エルフは子どもを産む回数が少なく、同じ年に生まれるは運命の導きだと言われているから……ははは、まさかな」
頭をよぎった、予感を通り越した確信は、俺に苦い記憶を呼び起こさせる。前回までの4度の人生の中でずっと避けてきたこと。それに、早々に巡り合おうとしているらしい。
俺、女性経験なんてないんですけど?
これはまた、転生直後に大変なことになりそうだった。
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