第3話 5度目の生
5度目の人生の目覚めは、今までで最悪のものだった。
地面が揺れている感覚がして、慌てて体を起こす。するとそこは木々に囲まれた小屋の中……いや、この振動からして馬車の荷台だな。荷物も積まれてるし。それにしても、かなり振動が激しい馬車だな。
「おお! 目が覚めたのか! おい、無事だったぞ!」
不意に声が聞こえてそちらを向くと、若い男が荷台に乗っていた。
金髪で、碧眼で……耳が長い? ってことはエルフ……エルフ!?
「本当か! それはよかった! すぐ着くからな!」
俺が驚いている間に、御者席に乗っていたらしいもうひとりが顔を覗かしてこちらを見ていた。そちらもまたエルフ。実物を見るのは初めてだが、どちらも若作りで美形だ。流石としか言いようがないな。
しかし、どうして俺はこんなところにいるんだろうか。情報を整理するにエルフが乗る馬車の中なんだろうけど。エルフって、人間の子どもが捨てられてたら拾うのだろうか。分からん。
「おい、自分の名前分かるか? どうしてあんなところで寝てたんだ? 仲間は?」
「えっと……」
「そんな焦るなって。さっきまで気絶してたんだ、まだ状況分かってないだろ」
「それもそうだな。あー、えっと。君はさっきまで魔の荒野とシンラシンラの間の草原で気絶していたんだ。そこを見つけて、今、シンラシンラに向かっている」
シンラシンラと言えば、確かエルフの集落がある森の名前だったか。まさかエルフと人間で共通の名前だったとは。知らなかったな。
……あれ、というか待てよ。シンラシンラに連れて行く? 人間を? そんなわけがない。エルフはプライドが高く、他の種族と触れ合うことを嫌がる種族だ。
そこまで考えて、ふと、ノエルが言っていたことを思いだす。確か「無論策は考えてある。後は汝自身で考えるのだな」とかだったはず。
まさか……。
緊張と期待を抱きながら右手を持ち上げ、恐らく耳があるであろう部分に近づける。そこには、先端がつんと立ち、横に細長いものがあった。触った感触から柔らかく、また、触られた感覚がしたので自分のもの。この形状でこの位置にあるのなら、間違いなくエルフの耳だ。
慌てて周囲を見渡す。鏡か何かないかと思っていると、大量の氷が入ったカゴが目に入った。
エルフが森の外に出ること自体珍しいと思ったが、雪山に行っていたのか。確か、魔の荒野を挟んだ向こう側に大きな湖があったはず。あそこは年がら年中冷え込んでいるから、氷を取るのにはうってつけの場所だ。
そんなことを頭の隅で考えながらも、俺は急いで氷を覗き込む。
表面はなだらかに切られている。傷も乱れもひとつもない。おかげで鏡のようによく見えた。
荷台の中が薄暗く、色は見えなかったが、かなりの美形だった。年は、人間でいうところの10歳くらいだろうか。エルフも20歳近くになるまでは普通に成長するというし、もしかしたら外見通りの年齢かもしれない。
だとしたら、今回は俺の意識が定着するのが遅かったようだ。というか大分遅い。今までで一番遅かったのも5歳くらいだった。2度目の人生で、幼少期を丸々過ごしたせいで疲れた、と言ったせいだろうな。それから少しずつ、若い頃に意識が芽生えないようになってる。
ではなく、そんな場合ではない。
信じられない思いで耳を触り、もう一度確認する。柔らかく、それでいて自分の感覚に直結している耳の形。間違いない。これは俺の体だ。
「これが……俺……?」
思わず呟いた声は、自分でも驚くほど澄んでいて、かすかに風が通り抜けたように響いた。これがエルフの声帯の特徴なのか? 驚いた。
4度の転生を繰り返し、5度目の人生にしてついに、俺は人間以外の種族になったらしい。
「ん? 氷が気になるのか? 今回は結構取れたからな、上物だ」
「あ、いえその……あー、その、俺の名前はリネル、だ」
「お、意識がはっきりして来たか? 他には? 年とかは?」
「えっと……」
聞かれ、頭を回してみる。
その度なだれ込んでくる、記憶の数々。自身の名前、生い立ち、両親について、生まれてからどれだけ経ったか。思い出、経験、好きな物。
これも4度目だから慣れてきたが、流石に頭が痛い。
どういうわけか、転生した直後には俺の意識が定着していないことが多い。1度だけ赤ん坊からやり直したことがあったが、それきりだ。それ以外の時は、まず、俺自身の意識がはっきりする。それから少し経って、それから俺の意識が定着する以前にその人生での軌跡が一気に押し寄せてくる。
神曰く、幼少期はつまらないから過ごさなくてもいいようにしている、とのことらしい。ありがたい配慮ではあるが、その副産物がそれなりに辛い。
「今年で10歳になる、はず」
「へぇ10歳。……10歳だと!?」
「おいロイラ聞いたか!」
「もちろんだ! おお、これは凄い! は、早くリーヴァ様に知らせなければ!」
「ああ!」
「???」
ふたりのエルフが突然騒ぎ出した。何のことだかまったく分からず困惑するも、すでにこちらのことなどお構いなしの様子。
まあ、俺は俺でエルフに転生したことへの興奮が冷めていないのでひとりの時間はありがたい。
だってそうだろう。ずっと変わり映えしなかった転生の繰り返し。そこに、ついに転換点がやって来たのだ! ここで死んだらまた人間に戻されるかもしれないと思うと、少しでもこの人生を大切にしたいと思えて来るというもの。
エルフは弓の達人であり、風の魔法にも精通していると聞く。そういった技術を磨いていくのもいいだろう。他にも、植物への理解が深かったり、長生きゆえの文化があったりということも聞き覚えがある。
「楽しみだな」
小さく呟いてみて、思わず笑みがこぼれるのを自覚する。
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