第2話 4度目の会合

「よくぞ参った」


 厳かに響いた声で、俺は意識を覚醒させた。

 

 反射的に周囲を見渡す。

 そこは白一色の空間。地平線すら見えない、いつもの光景だ。俺はまた、死んだのだ。


「此度もご苦労であった。魔剣は無事、選ばれし者の手に渡った」


 性別の判別がつかない声だった。いや、それどころか声音や声の高低も分からない。それは口調が厳かで平坦なのもそうだが、この、白い空間に満ちる白のように、延々と反響する音のせいだろう。

 まるで、パイプオルガンのパイプの中にいるかのような音の反響には、まだあまり慣れていなかった。


「さて、次なる使命を伝えよう。汝は――」

「待てって」

「――……どうかしたのか」


 あわてんぼうの神様の言葉を遮り、俺は少しの苛立ちをぶつける。


「毎度言うが少しくらい余韻をくれ。こっちは死んだんだぞ」

「4度目だろう?」

「だから何だ。死は死だ。お前さんも1回死んでみれば分かるんじゃないか?」

「……くだらんな」


 皮肉を込めて言ってやれば、少しの間が相手から神の野郎はそう言い捨てる。

 確か以前、名前を聞いた時にノエルとでも呼べと言われた気がする。

 そのノエルは姿も見せず、どこからともなく声をかけてくる。曰く姿などなく、本来名前もない。世界を管理する者で、具体性のない完璧な存在らしい。


「言わせてもらうけどな、何回転生しても痛いもんは痛いし辛いもんは辛いんだ。というか俺、全部若い時に死んでるんだぞ? 全部だ、全部道半ばで死んでる」

「ふっ、だからこうして生き返らせてやろうと言っているのではないか」

「鼻で笑いやがった……」


 こいつは人の死を何だと思ってるんだ。

 こっちだって、死んでも生き返る、この繰り返しにそろそろうんざりし始めているんだぞ。虚無感と言うか、喪失感と言うか。誰かを守りたいって言っても、限度がある。このやる気を維持するのも大変なんだ。

 少しくらい、労わってくれてもいいだろうに。


 まあ、神にはこっちの苦労なんて知ったこっちゃないんだろうけどな。


「で、さっきのちっちゃい女の子。どうなったのか教えてくれよ」

「……その後魔剣を手にした。現状で分かるのはそれくらいだ」

「本当にあんなちっちゃい子が選ばれし者なのか? 持ち運ぶのもやっとだろ?」

「神器は資格に反応する。実力は関係ない」

「……それならいいか。あの子は少なからず魔王を倒すまでは生きていてくれるってことだろ?」

「保証は出来ない。妾は運命を操作する存在ではない。精々が、汝を何度も生き返らせることが出来る程度だ」

「俺のために全力を出してくれてありがとうございますー、とでも言えばいいのか?」

「感謝は求めていない」

「そうかよ」


 可愛げが無いな。


「妾は実験をしているのだ。本来1度死ねば終わるはずの人生を繰り返す。そうすることで生物に訪れる変化を観察する、という実験をな」

「人体実験とか倫理観どうなってるんだよ」

「そもそも世界そのものが我々神の実験対象だ。調子のいいことを言うな。……話が逸れたな。それでは、次の転生について聞かせてやろう」

「おい、まだ話が――」

「次は、神林弓しんりんきゅうを正しい者の下へと届けてもらおう」

「――……無視しやがった」


 そんな俺の呟きさえ無視してノエルは続ける。


「エルフが管理する神器だが、現在所有者がいない」

「おいおい、エルフは孤高の種族だぞ。やれと言われればもちろんやる。それで救える人がいるならな。やるが、人間が近づけば追い払われるのが落ちだ」


 そんな不満を思わず呟く。

 そしてそれに返って来たのは、わずかな怒りのようだった。


「話を遮るな」


 冷たく、平坦な声がした。生きている中で出会ったどんな敵にも向けられたことはない、殺意を通り越した無機質な怒気。いや、怒気ですらないのだろう。あえて言葉にするのなら、絶対者からの命令。

 耳元で声が反響し、思わず口を塞いだ俺を確認したらしいノエルが言う。


「無論策は考えてある。後は汝自身で考えるのだな」

「お、おい、投げやりが過ぎるだろ! 偽天使族と同じかそれ以上に難しいんだぞ!」

「構わん。失敗しようとも、何度でも生き返らせるつもりだ」

「っ、ノ、ノエル貴様!」

「軽々しく呼ぶな」

「お前がそう呼べって言ったんだろ!」

「そもそもその名は、若き神が一般的に呼称されるもの。妾に与えられた固体名ではない」

「じゃあ、名前は何て言うんだよ。もうしばらくの付き合いだろうが、教えてくれてもいいだろ?」


 さっきは驚いてしまったが、今までの話を統合するにノエルは俺以外の者を記憶を保ったままで転生させられるほど権限を持っていない。多少無理を言っても受け止めるしかないのだ。

 所詮ノエルだって管理者でしかない。何でもできる万能の神ってわけじゃないんだ。


 そう思って強気に出れば、ノエルはしばらく口を噤んだ。それを少し不思議に思っていると、周囲に鐘の音が鳴り響いた。


「……ふむ、時間らしい」

「ちょ、おい! 聞かせろよ!」

「どうせまた会うはずだ。その機会でいいだろう。それまでには妾の名前を考えておこうじゃないか」

「ま、待てって! おい、ノエル! 話を――」


 鐘の音がどんどんと大きくなっていき、自分の声も聞こえなくなっていく。当然のようにノエルの声も無くなり、その気配らしきものも消えて行く。それと同時に空間が暗闇に満たされて行った。


 暗闇に満たされる空間の中、ふと、どこからか風のざわめきが聞こえた気がした。これまでの転生では聞いたことがなかった、そんな音。草原や森でふくような、心地いい風のざわめきのように聞こえた。でも、ここにそんなものあるわけないし……。

 これは一体なんだ? そんな疑問を抱いているうちに、俺の意識は完全に断たれる。


 俺は、4度目の転生を果たした。

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