4度目の転生は流石に慣れっこなので新鮮味がないかと思ったらそもそも種族が変わってたのでエルフとして楽しく生きて行こうと思います

シファニクス

第1話 4度目の死

 意識がだんだんと遠のいていく。だけど、もう4回目だ。慣れてしまえば、この痛みも慣れてきて……。


「って、それは無いな、普通に痛い」


 荒野で魔物に襲われて、何とか逃げて来た森林の中。追手は無いが、すでに瀕死の重傷を負っている。気を背にして楽な姿勢こそ取っているが、回復の見込みはない。

 回復薬、持ってくればよかったな。

 わき腹の辺りがやけに熱くて、右手を視界に持ってくれば、真っ赤に染まっていて、手に握る漆黒の剣が映えている。


「今回の死に方結構酷いぞぉ。おい魔剣、お前のせいじゃないだろうな」


 喋りかけてみても、返事があるわけはない。そう思っていただけに、音が聞こえた時には驚き、思わず止まりかかっていた心臓が跳ねた。

 明けるのもやっとの瞼を無理やりに持ち上げる。左半分が赤色に染まっていたが、右目も霞んでいて色なんてどうでもよかった。それでも輪郭だけは掴めて、音の原因が分かった。


 目の前の低木の合間から、小さな女の子が現れた。しかしただの女の子ではない。狼のような耳と、尻尾を持っている。獣人、だろうな。

 獣人は結構構わず人肉を食う。同族でさえなければ、同じ獣人と言う区切りでも普通に。ということは、俺が流す血の匂いに誘われてきたってことか。

 獣人に食われるとか、本当に運がない。神に言われて魔剣を探し出したけど、見つけるんじゃなかった。その帰りに魔獣に襲われ、挙句の果てにこんな最期。後で文句を言ってやる。


 獣人の少女は、端をぴくぴくとさせながら慎重に近づいてくる。見たところ大分幼い。ステージ1、いや、ステージ0か? 生まれてから間もないその小ささで、周囲に仲間がいる様子もない。

 もしかしてひとりか? だとしたら、俺と同じだな。


「……」


 少女は無言でこちらを見つめ、警戒しながら近づいてくる。

 そろそろと動かし、一歩進むごとにこちらをじっと見つめた。その瞳には幼さとともに、本能的な警戒心が浮かんでいる。背を低くし、四つん這いになるのは獣人の子どもによくある格好。生まれて数日でステージ0になり、突然人間でいうところの6,7歳程度の体に突然変異するので慣れないのだと聞いたことがある。

 こんな幼いのに、大変だな。


 ふと、少女の足が完全に止まる。その視線は、たぶん俺の右手に向いている。それから脇腹、頭へと順に視線が流れてく。もしかしたら、さっきまでは遠くて血だと分からなかったのかもしれない。ここは木陰だし。

 それから俺と目を合わせる。悲しそうな、辛そうな目をしていた。俺に同情しているのだろうか。だとすれば、よく出来たお嬢さんだ。


 少女はついに俺の目と鼻の先までやって来た。俺の目を覗き込み、力なく動かなくなった足を跨いで体に乗ってくる。

 何度も鼻をぴくぴくとさせ、臭いを確かめる。これは、最後に可愛らしいものを見たもんだ。

 少女はわずかに手を伸ばす。しかし、俺の体に触れようとして、何かに怯えた様にひっこめる。何度かそれを繰り返し、時々俺の右手を気にした様子。視線も何度かあっては逸らされ、気まずそうにしている。

 俺がまだ生きていると、分かっているのかもしれない。


 左手、動くかな。


 試してみれば、わずかに動いた。右手はもう、魔剣の重さで動かない。

 左手をゆっくりと持ち上げて、少女の頭の上に乗っけてみる。べたべたしていて、粘っこい。

 ってこれ、俺の血か。汚してしまったな。


 少女は不思議そうにこちらを見上げている。最初は怯えた様子で居心地悪そうにしていたが、次第に落ち着いていく。 これで逃げないんなら、獣人にしては大人しい性格らしい。いや、性格が確立されるよりも前なのかもしれない。何が怖いのかも、よく分かっていないような。

 ……こんな子に預ける嫌だけど、他に選択肢が無い。


 魔剣は悪運の塊みたいな武器だ。握ったものに試練を与え、それを乗り越える度に強くなる。神曰く、本能的な強さを増幅させる、野生感を司る武器らしい。感情を抱かない完璧主義のくせに、こんな武器を作るとは。

 右手の方を見れば、俺の血を纏った剣は心なしか輝きを増している。俺の最期の生命力でも吸っているのだろうか。だとしたら質が悪すぎる。

 そうは言っても、今はただ、この魔剣がこれから少女に降りかかる試練を振り払う存在になってくれることを願うしか出来なそうだ。


 最後の力を振り絞って、口を開く。この魔剣を、と言おうとして、声が出なかった。べたついて、喉が開かない。へばりついて息が出来ない。

 あれ、これいよいよやばいな。思ってたより余裕ない。自覚は無かったが、今までで一番ひどい傷を負ったのかもしれない。


 まあいいか。どうせ選ばれた者にしか扱えない剣だ。死んだ者の所持品だ、使えそうなら持っていってくれることだろう。

 せめて左手を度化してやろうと思ったが、それすらも出来なかった。体が、まったく動かない。少女見れば身動き一つ取れずに戸惑い気味で、申し訳なくなってきた。 

 なんか、ちょっと悔しいな。俺、こういう子のことを守って上げたくて、強くなろうって決めたはずなんだけど。今じゃその子の目の前で情けない晒すだけで、今から死ぬことに、悔しさなんてまったく抱いていない。そんな自分を自覚しながらもどうしようもないのが、もっと情けない。


 今はどうしてあげることも出来ないし、渡せるものも不幸の塊みたいな魔剣しかないけど、せめて俺の体でも食って――


 あーあ、ほんと情けない。誰かを守るって難しいことなんだな。だから申し訳ないが、これが俺のできる全力だ。


「――生きろ、よ」


 意識がどんどんと薄れていく感覚は、これで4度目。


 1度目は、聖剣に選ばれた勇者として。2度目は、才能に溢れた大魔導士として。3度目は、生まれた瞬間から修業を始めた若手武闘家として。そして4度目は、秘宝を探す凄腕冒険者として。

 どの人生もだいぶ若いまま死んだなー。合わせて60年くらいか? 勇者だったときの師匠、まだ生きてんじゃねぇかな。今度生まれ変わったら探してみようかね。


 そんな下らないことを考えながら、最後が訪れた。


 何回も生まれ変わり、繰り返してきた、正直もう辛くも苦しくもない、4度目の死だった。

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4度目の転生は流石に慣れっこなので新鮮味がないかと思ったらそもそも種族が変わってたのでエルフとして楽しく生きて行こうと思います シファニクス @sihulanikusu

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