さよなら親友 尚輝

 銃声が轟いた時、坂本尚輝は床にへたりこんでいた。

 久しぶりの本気の殴り合いは、尚輝の体力を根こそぎ奪っていた。何がどうなっているのか、状況が把握できないままだった。

 しかし、体は自然に動いていた。ボクサーとしてトレーニングを重ねてきた日々……そのスキルは、肉体に染み込まれている。考えるより先に、拳が飛んでいた。左ジャブ、右ストレート、左フック。かつてプロボクサーだった尚輝のパンチは、あっという間にふたりの男をノックアウトさせたのだ。

 もっとも、終わると同時に座りこんでしまった。やはり、スタミナの方が落ちている。昔なら、この程度で息が上がったりはしなかった。しかし今は、息がゼエゼエいっている。情ない話だ。

 しかし銃声を聞き、弾かれたように立ち上がった。辺りを見回す。

 爬虫類のような顔の男が拳銃を構え、上体を起こしていた。

 次の瞬間、ルイスが倒れた。


「ルイス!」


 綾人が叫んだ。なりふり構わず、ルイスのそばに駆け寄っていく。


「動くな!」


 男の声が響く。だが、綾人はその声を無視した。倒れているルイスのそばにしゃがみ、抱き起こす。すると、ルイスの口から血が溢れた。

 綾人は、狂ったような表情て周りを見回し、喚き散らす。


「な……何やってんですか! 早く救急車を呼んでください! 誰か! 早く救急車を呼んでください!」


「黙れって言ってんだろうが!」


 男は怒鳴った。天井に向け、拳銃を発砲する。

 それを見た綾人は、ゆっくりと立ち上がる。直後、野獣のような咆哮とともに突進して行った。


「殺してやる! ブッ殺してやる!」


 喚きながら、拳銃を無視して突進していった。もはや普通ではない。元ボクサーの尚輝ですら、唖然となって止められなかった。

 男は恐怖に満ちた表情で、拳銃を構えトリガーを引く。しかし弾倉は空になっていたらしく、銃弾は発射されなかった。

 凶暴化した綾人は、あっという間に男の髪の毛を掴んだ。尋常ではない怒りが、綾人の理性のタガを完全に外していたのだ。男は恐怖のあまり、抵抗すら出来ない。

 凄まじい勢いで、綾人は男の頭を床に叩きつけた。

 何度も、何度も──


「殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺して──」


「もうらいい! やめろ! そいつは死んでる!」


 怒鳴りながら綾人を羽交い締めにしたのは、先ほど乱入してきた見知らぬ青年だった。尚輝はようやく我に返り、すぐさまスマホを取り出す。

 だが、心にためらいが生じた。救急車が来たら、間違いなく警察沙汰になる。そうなったら、自分も逮捕されるだろう。その場合、果たして何年くらうのか……。

 その時、尚輝の視界の隅に入ったものがあった。

 真っ白なルイスの顔だ。彼は、今まさに死に逝こうとしていた──



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