さよなら親友 綾人とルイス

「綾人、ルイスはもう助からない。せめて最期の時だけでも、ルイスのそばに居てやれ」


 耳元で囁く声を聞き、綾人は我に返った。こんな奴のことなど、もはやどうでもいい。死のうが生きようが関係ない。綾人は男の頭を床に叩きつけ、ルイスのそばに寄る。

 少年の顔は真っ青だった。本当に、もう助からないのかもしれない。綾人の目に涙が浮かぶ。

 すると、ルイスが喋り始めた。


「誰も殺さなかったよ……」


「何で……何で殺さなかったんだ。殺していれば、お前は撃たれなくて済んだんだぞ」


 綾人が言葉を絞り出すように言うと、ルイスは口元を歪めた。本人は笑っているつもりなのかもしれない。


「綾人が……殺しちゃいけないって言ったんだよ。人を殺しちゃいけないって……」


 この言葉を聞いた瞬間、綾人は涙を拭った。憑かれたような表情で語り始める。


「何で人を殺しちゃいけないか、教えてやるよ。ルイス、お前は凄い奴だ。お前はボクシングの世界チャンピオンになれた。サッカー選手にだってなれた。アイドルにだって、なれたかもしれない。お前は凄い人間になれるはずだったんだ。色んな人間に、夢を与えられるスターになれたはずなんだよ。でも死んだら、何も出来ないんだ」


 こみあげる涙を拭うため、綾人はいったん言葉を止めた。

 直後、思いをぶつけるように喋り出す。


「死んじまったら、終わりなんだよ。どんな凄い可能性も、死んだら終わりなんだ。殺すってことは、その人間の持っている可能性を消しちまうことなんだよ! どんな人間だろうと、他の人間の持つ無限の可能性を消していいはずがないんだ!」


「ルイスは……チャンピオンになれたのか。なりたかったな……」


 そう言った途端、ルイスは咳き込んだ。同時に、口から大量の血を吐く。もう長くない。さらに言うなら、綾人の今言ったことを半分も理解できていないだろう。

 だが、綾人は喋り続ける。


「まだ話は終わってない。ルイス、お前は今言ったように、本当に凄い奴なんだよ。それに、凄く優しくて頭も良くて素直で、世界一いい奴だ。だけどな、世間の連中は、お前を殺人鬼と呼ぶんだよ! お前は凄くいい奴なのに……俺の最高の友だちなのに……みんな、お前を人殺しとしてしか見ないんだ! そんなの許せねえじゃねえか! お前は世界で一番いい奴なのに……何もわかってない奴が、お前を人殺しと呼ぶんだよ! 人殺しとしか言われないんだぞ!そんなの悔しいよ。悲しいよ。だから……人を殺しちゃいけないんだよ」


「うん……わかった……」


「まだ終わってない。いいかルイス、俺は今、どんな気分だかわかるか!? 悲しいんだよ! お前が……お前が死にそうだから……頭がどうかしそうなくらい悲しいんだよ! お前が死んだら、俺は困るんだよ。物凄く困るんだよ。ただひとりの友だちに死なれたら、誰だって嫌なんだよ。悲しいんだよ。辛いんだよ。誰かが殺されたら、悲しむ奴がいる。困る奴もいる。こんな思いを、誰かにさせちゃいけないんだ。誰にも……こんな思いを……させちゃ……いけない……だから……」


 それ以上、言葉が出て来なかった。綾人は、思いのたけを全てぶつけたのだ。ただ、素の感情を。理屈ではなく、心から溢れ出るものを、言葉として吐き出したのだ。

 すると、ルイスの手が伸びてきた。綾人の手を握る。


「綾人……寒いよ……怖い……死にたくない……」


「ルイス……俺はここに……いるから……離れないがら……」


 綾人の口から出たのは、嗚咽混じりの言葉だった。野獣のような腕力の持ち主だったはずのルイス。しかし今は、握力のほとんど感じられない握り方しかできないのだ。綾人の目から涙が溢れ、こぼれ落ちた。

 そしてルイスは、蚊の鳴くような声を出した。


「綾人……いっぱい……いっぱい……ありがと……」


「いえ……いえ……どう……いだじ……まじで……」





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