さよなら親友 陽一
巨大な病院の跡地で、西村陽一は息を殺し移動した。向こうから、人の声が聞こえる。そう遠くない場所だ。
次の瞬間、銃声らしき音が聞こえた。陽一は素早く伏せる。間違いなく、何者かが発砲したのだり身を伏せたまま、音のした方へと進む。
「ルイス、君は刑務所なんか行かなくていい。その人たちと一緒に行くんだ。刑務所に行くよりは、ずっといいはずだよ」
小林綾人の声だ。陽一は壁に空いていた穴越しに、そっと室内の様子を窺う。
広い室内には、全部で十人の男たちが向かい合っている。うち六人はスーツ姿で、ひとりは拳銃を構えている。恐らくはラエム教に雇われた、リューとその子分たちだろう。他の四人は……綾人とルイスと、素性も立ち位置も不明な男二人だ。どういう状況なのか、今ひとつわからない。陽一はひとまず様子を見ることにした。
「ルイス、さあ行くんだ。刑務所に行っても、良いことはない」
「ちょっと待て綾人。あんたら、俺たちを帰す気はあるのか?」
綾人の言葉を遮ったのは、トレーナーを着た厳つい中年男だ。中年男は、拳銃を構えている男の方を向いた。
「あんた、はっきり言えよ。綾人も俺も、無事に帰らせる気はないんじゃないのか?」
中年男が言った途端、ルイスの表情に僅かな変化が生じた。
「綾人殺すの?」
ルイスは、スーツの男たちに尋ねる。いや、尋ねるというより詰問だ。
すると、今度はジャージ姿の男がわめいた。
「ルイス! 綾人があいつらに殺されるぞ! 早く! 一緒に行こう!」
陽一は壁越しに様子を窺う。二人の立ち位置は不明だが、はっきりわかったことがある。あのジャージの男の言葉が、ルイスのスイッチを入れた。
「綾人殺すの? じゃあお前らやっつける」
ルイスのその言葉は、室内に響き渡った。
次の瞬間、ルイスは手近にいたジャージ姿の男を掴み引き寄せる。拳銃を構えた男に向かい、力任せに人体を放り投げた。男二人がぶつかり合い、拳銃が暴発する。だがルイスは怯まなかった。恐ろしい速さで近づき、スーツの男に拳を叩きつける。男は顔から血を吹き、倒れた。
と同時に、場を包む空気が一変した。
真っ先に動いたのは、トレーナーの中年男だ。スーツの男に向かい、素早い動きで間合いを詰める。直後、スピードとキレのあるパンチを相手の顔面に叩き込む。それも、続けざまに五発だ。腰の回転が利いた見事なコンビネーションである。相手は完全に不意を突かれ、サンドバッグと化した。数秒後、膝から崩れ落ちるように倒れた。
さらにルイスも、他のスーツの男たちに襲いかかっていく。だが、男たちもただ者ではない。すぐさま反応した。懐から拳銃を抜いて構える。
だが今度は、背後からの攻撃を受けた。陽一である。この戦闘狂の男は、見ているだけでは我慢できなくなったのだ。血のたぎるまま立ち上がり、手近なスーツ姿の男の襟首を背後から掴んだ。腰に乗せて一気に投げる──
倒れた男の喉めがけ、踵を振り下ろした。
ルイスの方も、野獣のような動きで襲いかかる。拳銃を抜こうとした男の懐に飛び込み、両手を掴み動きを封じた。
直後、自分の額を相手の鼻柱に叩き込む──
その一撃で、男は崩れ落ちた。
中年男も、スーツの男めがけて左ジャブを放つ。相手は拳銃を抜こうとしていたが、そこに鋭くキレのあるパンチを打ち込まれ、思わずよろめく。さらに、右ストレートからの左フックを顔面に叩きこむ──
男は、脳震盪を起こし崩れ落ちた。
陽一は辺りを見回す。スーツの男たちは全員倒れ、意識を無くしているか呻いているかのどちらかだ。
ルイスに視線を移してみた。あの怪物は平然とした表情で、倒れた男たちを見下ろしている。
だが、不意にこちらを見た。
「何しに来たの?」
その問いに答えられないまま、陽一はルイスを睨みつける。そう、自分はルイスを殺すために来たのだ。この少年と殺し合うために。
だが、状況は変わってしまった。もはや、そんな気分ではない。何より邪魔者が多すぎる。ルイスだけでも始末するのが面倒なのに、これだけ多くの人間がいては、どうしようもない。陽一は苦笑し、視線を外す。まずは、この後始末をどうするか考えなくてはならない。
その時、倒れていたはずのスーツの男が上体を起こした。
そして、拳銃を構える。
銃声が轟き、数発の銃弾が発射された──
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