さよなら親友 春樹
不気味な廃墟の中にいたのは、ルイスと二人の男だ。呆然とした様子で、こちらを見ている。
上田春樹の方も、信じられない気持ちだった。自分の言ったデタラメと、ほとんど同じ状態なのである。偶然の為せる業、としか言いようがない。
だが、今はこの幸運を最大限に活かすのだ。春樹は叫び続ける。
「リューさん! こいつらです! こいつらがルイスをさらったんです! こいつらが──」
「おい! てめえ何ワケのわかんねえこと言ってんだ! 俺がさらったのは佐藤浩司だ! ルイスじゃねえだろうが!」
いきなり怒鳴り付けてきた、厳つい風貌の中年男……その瞬間、春樹は思い出した。こいつは、佐藤浩司をさらった男ではないか。
春樹の頭に、当時の記憶が甦る。この男と、もうひとりのチンピラが、部屋にいきなり侵入してきたのだ。佐藤をさらい、ルイスを逃がした。
なぜ、お前がここにいるんだ?
しかも、ルイスと一緒に?
春樹は唖然となった。。だが、中年男の顔にはどこか困惑の色がある。さらに、その横にいる少年に至っては、呆然と立ち尽くしているようにしか見えない。
自分と同様、この二人も状況が飲み込めていないのだ。ならば、嘘を吐き通して真実に変えるしかない。無理やりにでも──
「リューさん! こいつら早いとこバラして下さい! こいつら──」
「何言ってんだよ! この野郎! 大体てめえら何なんだよ!」
春樹と中年男が怒鳴り合う。その時だった。
「二人とも、黙れ」
その言葉の直後、銃声が轟く。いつの間にか、リューの手には拳銃が握られていた。銃口は天井に向けられている。
直後、天井からコンクリートの細かい破片が落ちてきた。
春樹はすぐさま口を閉じる。さすがに身の危険を感じたのだろう、中年男もすぐに口を閉じた。
銃を撃ったリューは、ルイスの方を向く。
「ルイス、もう帰ろう。猪狩さんは心配してるぞ。さあ、一緒に帰ろう」
リューの声は、優しい雰囲気に満ちていた。しかし、ルイスは首を横に振る。
「ルイス帰らない。ルイス綾人と一緒にいる。綾人が刑務所行くならルイスも行く」
その言葉を聞いたリューは、視線を春樹に移した。何やら意味ありげな表情で見つめる。
彼が何を言わんとしているか、すぐに理解した。リューは、自分に説得させようとしているのだ。
「ルイス、早く帰ろう。テレビ観られるよ。テレビ好きだったろ? それに、お菓子もあるよ。さあ、一緒に帰ろう」
春樹は猫なで声を出す。彼の記憶の中のルイスは、人殺しではあるが馬鹿だった。ならば、テレビや菓子でたやすく釣れるだろう。春樹はそう思ったのだ。
その考えは甘かった。
「ルイス綾人と一緒に刑務所行く。あんたはつまらないから行きたくない」
ルイスはそう言いながら、リューたちに視線を移した。その瞳には、狂気めいた光が宿っている。今にも襲いかかってきそうな雰囲気だ。それを見たリューたちの表情も変わった。ルイスに対し、警戒心を露にしている。
一方、春樹は後ずさりを始めていた。どうやら、面倒なことになりそうだ。しかし、その面倒事こそ望むものだった。ここで殺し合いが起きてくれれば、自分はそのドサクサに紛れて逃げられる。もちろん、巻き添えをくう可能性もあるが。
なに食わぬ顔で、さりげなく通路を目指して少しずつ動く。だが、リューの視線がこちらに向いた。
「てめえ、どこに行こうってんだ? もう一度だけチャンスをやるから、ルイスを説得しろ。そうでなきゃ、てめえもこの場で殺すぜ」
言いながら、リューはルイスの方に顎をしゃくる。春樹は、震えながら前に進んだ。
「ル、ルイス……一緒に帰ろう……俺たち、友だちだろ……仲良くやってたじゃないか」
そう言いながら、ルイスに近づいて行く春樹。こうなった以上、道は二つだ。ひとつは、リューからの命令通りにルイスを説得し連れ帰ること。そうすれば、しばらくは生きていられるだろう。桑原徳馬を説得する、という任務が終わるまでは。
もうひとつは、ルイスを暴れさせてリューたちとカチ合わせ、その隙に逃げる。
だが、春樹を見るルイスの目は冷たかった。
「あんたは優しくなかった。あんたはつまらなかった。でも綾人は優しかった。綾人はルイスを助けてくれた。綾人はルイスの友だちだ。だからルイスは綾人を助ける。綾人と一緒に刑務所行く。でもあんたとは行かない」
その言葉は、春樹に向けられたものだったのだろう。しかし、ルイスの目はリューたちの方に向けられている。今にも襲いかかりそうな雰囲気を醸し出しているのだ。
春樹は震えながらも、頭の中で計算を巡らせた。このまま説得を続けるべきか。あるいはいっそ、ルイスを暴れさせるか……。
すると、今度は別の方向から、思いもよらぬ言葉が飛んできた。
「ルイス……君は刑務所なんか行かなくていい。その人たちと一緒に行くんだ。刑務所に行くよりは、ずっといいはずだよ」
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