5 遺伝子①

 木村スイが爆弾を落としたあの日、俺はあの後智希と麻衣子の3人で何を話したのか覚えていない。俺の様子がおかしいと気づかれるのも問題だった。俺は必至で普通を装った。

 松本はリカの苗字だ。リカは木村の顔しか知らないと言っていた。しかし、木村スイの方はリカの名前を知っていて、尚且つ俺との関係も知っている。木村スイは麻衣子とも仲が良い。麻衣子はリカのことを知らない。もし知っていれば絶対に麻衣子は俺を責めるだろう。木村スイは麻衣子にリカの存在を言う可能性がある。あれは俺への脅しではないのか?

 俺は麻衣子の目を盗んで木村スイに接触する必要がある。問い正さなくてはならない。何を知っているのか。どこまで知っているのか。今まで誰にもリカのことを話したことはない。リカも他人にしゃべるタイプではない。口止めしたのは恋人がいる時だけだから、もしかしたら誰とも付き合っていない期間に俺との関係を誰かに話したのだろうか。でも彼女も、俺とのことは公にしたくないと言っていた。

 一体どこから漏れたのか。もしかしたら鎌をかけているだけかもしれない。

 俺はあの日から木村スイのことで頭がいっぱいだった。


 病院で会う木村スイに変わった様子はなかった。何事もなく過ぎていく日常に、あの日のあの言葉も木村スイの女としての顔も全て幻だったのかもしれないと思うようになった。

 ただ、俺は木村スイが麻衣子に近づくのが怖かった。もし、何かを知っていて、それを麻衣子に話されたら…、麻衣子との関係が終わりをむかえかねない。それは避けるべき案件だ。

 俺が何も出来ずに手をこまねいていた一二月の半ば、麻衣子から話があると改まった席を設けられた。クリスマス前のこの時期に改まった話。俺の心臓は飛び出しそうだった。仕事はこなす。手を抜けるような仕事ではない。直接患者の命に関わるところで働いているのだ。プライベートなことを職場に持ち込むような人間は循環器の医者には向かない。俺は仕事の間は仕事の頭に切り替えることが出来る。患者の胸を開くような開胸手術をすることは滅多になく、内視鏡での処置が多い。しかし、それも一歩間違えば心臓に傷を付けてしまう。常に施術の際には最大限の緊張が走る。今はリカに会うことも憚られた。

 俺はプライベートでも仕事でも緊張しっぱなしだった。

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