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 日曜日。マキと七尾は予定通り、都の家に集まった。

 この日も相変わらずの快晴で、多少の風では誤魔化しきれないくらいの熱気が、剥き出しの肌を焦がしていた。

 本数の少ないバスに合わせてお昼前に集まった三人は、都の祖父が用意してくれた素麺をいただくと、家の探索を始めたのだった。と言っても、マキは先日この家の門を潜っているので、実質的には初見となる七尾への紹介が主な流れとなっていた。

「しっかし、これほどとは思わなかったぜ」

 都のツアーで家の中を見て回っていた七尾が、おもむろに口を開く。

「だから言ったでしょう、不便なところはぜーんぶ綺麗にしたって」

「前と同じなのって部屋の間取りくらいじゃね? ここまで来るともう別の家みたいだ」

「そんなに?」

 以前の家を知らないマキにはその違いは分からないが、七尾の反応を見る限り、相当な変化なのだろうということが窺えた。

「言っちゃ悪いけど、前はもっとボロ屋だったんだよ。昔の家をそのまま持ってきましたーって感じのさ」

 そう言う七尾の家も、父が先代から道場ごと譲り受けたものなので、お世辞にも綺麗な家とは言えない。それでも以前ここで見た家に比べれば何倍もマシだと思ったものだ。もっともそんなことは口が裂けても言えないのだが。

 もちろん、この家が綺麗になったことは七尾も嬉しく思う。都が便利で快適な家に住めるようになったことも、素直によかったと感じる。

 ただ、あの古民家特有の薄暗い雰囲気や、湿り気のある空気が薄れてしまったこの家は、なんだか大切なものが失われてしまったようにも思えて、七尾は心のどこかで一抹の寂しさを感じずにはいられなかった。

 あんなにも怖いと思っていたトイレも、そこに向かう道も、今はもう綺麗な板張りの廊下となっている。

 七尾は、家の中に充満する木造建築の爽やかな空気を吸い込むと、ぽつりと、独り言のように呟いた。


「浦島太郎って、きっとこんな気分なんだろうな……」


「?」

 マキが怪訝そうな顔を向けていることに気付き、七尾は言葉を付け足した。

「ああいや、しばらく見ない間に知ってる家がこんなに変わってると、なんだか自分が浦島太郎みたいだなって」

「それ、七尾ちゃんが言うの?」

「どっちかと言うと都の台詞じゃな」

 マキの言葉に、わらわが影のように声を合わせる。確かに、自分が言う事でもないか。そう思って七尾は不器用に笑ってみせる。

 しかし一連のやり取りに都は思うところがあったのか、少し考えるような仕草をしてみせた。

「どうでしょう、浦島太郎も案外嬉しかったかもしれませんよ」

 唇を弄びながら沈思する都を見て、七尾も唇を尖らせた。都が深く考える時に出る癖だ。こうなると都は少し長い。このまま一人で考えさせたら、いつまでかかるか分からない。有り体に言うとめんどくさいのだ。

 こういう時はこちらから疑問を投げかけて、消化させてやるのが一番だ。

「嬉しかったって、なんでさ」

 耳に引っかかった言葉をオウム返しにすると、都はぽつぽつと持論を展開し始めた。

「たとえ自分の知っている人がみんないなくなっていても、浦島太郎の人生は続くんです。それなら少しでも快適な暮らしを送れる方がいいじゃないですか。それにもし、自分の家族や身内が自分のために家を残してくれていたのなら、それは浦島太郎にとっても救いになるんじゃないでしょうか」

「それは、そうかもしんないけどさ」

「身も蓋もないのう」

 七尾の気持ちをわらわが代弁した。知っている家族や友人がみんないなくなった上、自分も不老不死になってしまったことはもう変えられないのだから、切り替えていっそ前向きに暮らしていこうという考えは、なんだか暴論のようにも聞こえるが、都らしい割り切った考え方とも言えた。

 都自身もそれに気が付いているようで、大袈裟に肩を竦めてみせる。

「まあでもこれは意味のない話ですね。現実には、突然行方不明になった人を待ち続ける酔狂な人なんていませんから」

 そう小さくため息を吐いて、都は話を打ち切った。これ以上続けても盛り上がらないと悟ったようだ。代わりに都は別の話題を提供した。

「そう言えば改築の際に、家の裏手から古い井戸が見つかったんですよ」

 その話題にマキが興味を示す。

「井戸ってあの、水を溜めるための?」

「そうです、その井戸です。せっかくだから見てみませんか?」

「面白そうじゃん、見に行こうぜ」

 冒険心をくすぐられたのか、七尾も乗り気のようだ。

「それじゃあちょっと行ってみましょうか」

 そうして三人は、裏手に出るための靴を取りに、玄関へと向かっていった。

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