Chapter 1-9 監獄エリア06
出入口を見るとマダムとマコトさんが立っていた。
マダムを確認したラビは直立の姿勢を取っていた。
マダム達はこちらに近づいてきた。
「はん、どうなるかちょっと冷や冷やしたけどね。動きは悪くないわね」
「ははっ、どうも」
緊張が解け立っているのがやっとで、腹部を抑えながらマダムに向き直った。
「エリーゼ、最後の一撃は良かったね。
ラビ、きっちり録画しているから切り抜いて写真にしておいてやるよ。
耳まで真っ赤だったしねぇ」
「ちょ、待てババァ!……じゃない、マダム、それは無いだろう」
「まぁ気にしなさんな。
私とチーフのコレクションに加えられるだけだからね」
ヒッヒッという笑い声が聞こえそうな笑みでラビを見やるマダム。
ラビはまだ言い足りないようだったが、諦めたのか黙り込んだ。
「さて、エリーゼ・ヘセル。掃除の方は申し分無かったようだね。
戦闘は序でとして、申し分ないだろう」
マダムはマコトさんの方を見やり顎で先を促した。
「ええ、申し分ないでしょう。試験終了です」
試験終了と聞いた私は、緊張が解ける様にその場にへたり込んだ。
それを見たチーフは私に駆け寄りながら「大丈夫?」と声を掛けてきた。
「……えっと、はい。緊張が解けて力が抜けたといいますか」
「そう」と言い、チーフは手を差し伸べてきた。
その手を取り、立ち上がった。
「さて、試験も終わったという事で、お前達、用意しな!」
その号令を聞いた壁際に居た囚人たちはそそくさとテーブルやドリンク、
軽食を持ってきて設置し始めた。
用意が終わるのを見たマダムはこちらに向き「さて、打ち上げだ」とコップを渡し、ジュースを注いできた。
「打ち上げ、ですか?」とどうしてそうなったのか判らない私はマダムに問いただしていた。
「なーに、簡単な話、試験はどう行うか事前に決めていたのさ。
掃除に関してはしてもらう予定だったが、戦闘は余計だったかもしれないけどね」
なんとなくだが状況を読み込めてきた。
何か言うべきなのだろうがうまく言葉が思い浮かばかったが、
そんな様子を見ていたチーフは「とりあえず、乾杯でいいわよ」と言い、
「み、皆さん、お疲れ様でしたー!それではかんぱーい!」と
私はコップを上に掲げた。
それを見た囚人達は全員大声で「かんぱーい!」と言い、コップを口に付け一気に飲み込んでいった。
「エリーゼ、飯も食べな」とマダムは皿に食事を乗せて渡してきた。
「ありがとうございます。……割といけますねこれ」
マダムは口角を上げ「そうだろう、私の特性回復食さね」と皿にまだ残っている
所に積み上げていった。
「ちょ、流石に多いですって」
「遠慮せずお食べ。お残しするんじゃないよ!」
私の皿は山盛りされた。それをした後マダムはチーフの方へと歩いて行った。
山盛りの軽食を見ながら食べないといけないなと思い、食べ始めようとしたところにラビが話しかけてきた。
「おう、体は大丈夫かよ?」
「あー、まだお腹と背中は痛いですね」
「そっかー……ごめんな、軽くやるように言われてたんだけどちょっと力んじまってよ」
「そうなん……言われていた?」
「あ」という声と共にやってしまったという顔をするラビを見ながら誰かが指示を出したという事かと理解した。
「まぁなんだ。マダムからの指示だからそっちに文句言ってくれ」
そう言い、立ち去ろうとするラビを引き留めた。
一つだけ聞くことがあったからだ。
「えっと、ラビさんって名前ですよね?」
それを聞いたラビは少し考えた後、返事をした。
「おうよ!俺はラビ、カール・ラビだ。
監獄エリアの囚人にしてトップだぜ、よろしくな。
えっと……エリーゼだっけ?」
「はい、エリーゼ・ヘセルと言います」
「おお、んじゃまたなー」と立ち去ろうとラビが後ろを向いたら
マコトさんが立っていた。
「うぉ!びっくりするじゃねーか、このクソ眼鏡!」
「威勢がいいのは結構ですが、またICU送りでよろしいでしょうか?」
「なにぃー!おーしやってやろうじゃねぇかぁ……
ところであいしーゆー?ってなんだ?」
「ふぅー、ラビ君が以前入った治療施設ですよ」
「あー、あそこかぁ。
まだ勝てる気がしねーし、今度でいいや。
あそこは窮屈で身動き取れないし退屈だわ」
マコトさんの横を避けて左手を広げてヒラヒラとさせながらそのまま
何処かに歩いて行った。
「さて、ヘセルさん。改めて試験お疲れさまでした。
しかし、まだ一つ残っていますよね?」
無表情のままマコトさんは私に問いただしてきた。
「えっと……あ、報告、ですね」
ちょっとだけ口元が緩んだように見えたマコトさんは
「ええ、ではそれを食べたら帰りますよ」と言い残し、
マダムの方へ歩いて行った。
マコトさんとマダムが話した後、私達は洋上フロートへ帰ることになった。
私とマコトさんを見送るため、マダムと何故かラビが付いてきた。
「囚人でも、外に出ていいんですね」
「おうよ!囚人のトップともなると大体の事は許されるぜぇ。
許されないのはここ、監獄島から出ることだけさ」
「勝手に出歩かないようには自重させてるけどね。
って、ラビはマコトに何か聞くからって着いてきたんじゃないのかい?」
「ああ、そうだった」
ラビはマコトの近くにより小声で話し始めた。
内密な話なのだろうかと思っていたがマコトさんが返事をする時は私に
まで聞こえるような声で言った。
「その件ですが、まだお待ちください。調整が取れていませんので」
「ええ!まだなのかよ、早くしろよぉ」
「善処しますが、相手次第でもありますのでお待ちください」
ラビは渋い顔をして「へいへい」と言いその後は会話は無く、波止場に着いた。
ハンター協会専用水上バスに乗り込み、マダムとラビに別れを告げ、
船は出発し始めた。
行きしなの事を思い出した私はマコトさんに確認をした。
「そういえば、暗いですけど帰りはゆっくり変えるのですよね?」
「いいえ、行きしなと同じですので何かに捕まっておいてください」
「え?く、暗いですよ?見えませんよね?」
「それは問題にはなりません。むしろ夜の方が見やすいので昼より早く帰れます」
そこまで聞いた私は皿の軽食を全て食べた事を心配した。
そんな心配を気にしているのだろうかマコトさんは「危なくなったらこれに」と
バケツを渡された。
洋上フロートの波止場――波止場は洋上フロートの側面が開き、そこから中に
入れる――に着き、降りた私は行きしなと同じようにへたり込んだ。
「……ぅぅ、気持ち悪いです」
私はどうにか戻さずに水上バスを降りる事が出来た。
マコトさんが言う様に、帰りの方がちょっとだけ早く着いたようだ。
「お疲れさまでした。
帰りは行とは違い、他の水上バスの運行は終わっているので飛ばし放題です。
ですので割と早く着きました」
無表情のまま悪びれることもなくいい、私に立つようにと手を差し出してきた。
その手を取り立ち上がったが、やはりまだ気分が良くない。
「水上バスというより、海を行く高速艇みたいな感じですよね、……ぅぅ」
気持ちが悪い状態で話したらちょっとせりあがって来たが、マコトさんは顎に手を置きちょっと考えた後、
「高速艇と言ってもいいかもしれませんね。
名称変更が出来る様なら少し考慮してみますか」と、私の意見を取るように言った。
名前を変えてほしいという意味で言ったわけではないのだが、
運転していた本人も名称が気に入らないとかあるということなのだろうか。
そこからはお互いに終始無言のまま、ハンター協会へと歩いて行った。
歩いている内に、行きしなと同様に気分は大分軽くなってきていた。
ハンター協会の建物前に着き、扉を開けた。
受付の人が顔を覗かせ「お帰りなさい」と言ってくれた。
他者にお帰りと言われるのは久しぶりのため、私は「只今、戻りました」と
少しだけ気恥ずかしい様に返事をした。
私とマコトさんは受付窓口までより、私はハンター試験の仕事の報告をし始めた。
「はい、お疲れ様です」
夜も遅くなっているのに笑顔で対応をする受付の人は疲れ知らずなのだろうかと
ふと頭によぎったが、タブレット端末を渡されて我に戻った。
「はい、お仕事の報告は、受注した時と同じくタブレット端末から行います。
貴女が受けた仕事を開いて、一番下に完了のチェックするところが出ているから
それを指でなぞってね」
タブレットを見ると言われたように既に受注した仕事が開いていた。
下までスクロールすると、受注時には無かった完了のチェックが表示されていた。
私はそのチェックを指でなぞり、終わったら受付の人に戻した。
内容を確認した受付の人は「はい、問題なしですね。ではこれで完了です」と、タブレットを脇に置いた。
「試験とはいえ初めてのお仕事、どうでしたか?」
「えと、特に掃除に関しては苦労することはありませんでしたよ。ただ、掃除が終わった後……」
掃除後の戦闘について話した。話をしているときにラビの話をしていると
微妙に笑顔が消えたような気がしたが直ぐに元に戻っていたので
気のせいだったのだろうか。
「…と、そんな感じで戦闘も大変でしたよー。背中もお腹もちょっと痛かったです」
「ふふ、それは大変でしたね。でも、依頼によっては戦闘をする時も
有りますからね。
そういう時のために格闘戦に慣れておいてもいいかもしれませんね」
「私、人を殴るのとか好きじゃないんですけどねー」
「私もですよ。
けど、意味不明な言い分で来る相手を言葉では制すことができないときはありますから、自衛という意味で格闘に慣れておけばいいですよ。
殴る蹴るだけじゃなく関節技で相手を倒すのもいいですし」
「そういう時も、あるんですね…うーん」
私自身、サンドバックを相手にしていたが人を相手にするというイメージは
あまりうまく出来ないのだが…。
「ま、おいおい、ね」
そこで話は終わり、マコトさんから試験について話し始めた。
「エリーゼ・ヘセルさん。試験結果となります。『合格』です。
おめでとうございます」
合格という言葉を聞いた私は嬉しさもあるが今日の疲れが一気に来たようで、
少しふらつきながら「ありがとうございます」と返事をした。
「本日はもう遅いため、ハンター用のホテルで休息をしていただき、
明日、カードの授与、正式入会後の座学を行います。では…」
受付の人に目配せし、マコトさんは外に出て行った。
それを見送った受付の人は「では、案内しますね」と私を連れてエレベーターで
3階に向かった。
向かう途中、受付の人に自己紹介をされた。
「そうそう、まだ自己紹介していませんでしたね。
私はダンデ・ロータス。ここで受付業務をしています。よろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
3階に着きエレベーターを降りたら4人ぐらいが通れる廊下が前と左右に
伸びていた。
前の廊下を進んでいくと左右に扉が等間隔に並んでいた。
「3階はランクが低い人用になっていてね、部屋はシングルベッドにユニットバスがあるだけのシンプルなようになっているわ。
ベッドはふかふかだから疲れは取れるはずよ」
少し廊下を歩いて扉の前で止まった。
「ここを使ってね。
本来はハンターライセンスを使って開錠するけど、今はまだないから
仮のカードを使ってね」
表にはハンター協会と書かれたカードを渡された。
「ありがとうございます」
「ふふ、それじゃ本日はしっかり休んでね。
朝は4階で食事ができるわ。じゃ、お休み」
そこまで説明するとダンデさんはエレベーターの方へ歩いて行った。
私は渡されたカードで開錠し中へ入り、鍵を閉めた。
中は真っ暗だったが入ると勝手に明かりがついた。
説明された通り、部屋はシンプルにまとまっていた。
ベッドを触ると確かにふかふかしている。
一人になった途端、急に疲れが来たのかそのままベッドにダイブしたかったが、
がんばってシャワーを済ませてからベッドに寝転んだ。
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