Chapter 1-8 監獄エリア05

出入口から先頭に1人、後ろに3人の隊列で入って来た。


後ろ3人はさっきの人と同じぐらいの身長と筋肉量の様だが、先頭は少し身長が低く顔は少し子供っぽさが残っている様だ。


私たちの前方数メートルまで来て止まった。


「はぁー、ラビちゃん、これはどういうことなのか説明してくれる?」


チーフは先頭の子に問いかけた。


「あ~?そりゃ、オカマ……ごほんっ!じゃない、チーフさんよぉ、新入りが来たんだろ?じゃぁ、やるこたぁ決まってるよなぁ?」


にやついた顔で私を見ながら言った。


「あー……そうなのね?でもそれ、床で寝ている子にもさっき聞いたわよ?新入りを可愛がるって」


「なにっ!!」と言い後ろに向き直り何か話を始めた。


途切れ途切れ聞こえる限りでは『打ち合わせ?』と言っている様に聞こえる。


「チーフさん。とりあえず、私が狙われていたピンチって事で合ってます?」


概ね状況を飲み込めてきた私はチーフに確認をする様に話しかけた。


「ええ、そうね。正面から来ただけましなのかしら。

最もいつも正面からからだけど。

なんて言ったかしら、猪突猛進という言葉があったような」


「単純という事ですかね?」


「ま、そういう事ね。

ふぅ、向こうはまだ話し合いが終わらないようだし、監獄内の序列でも説明しておくわね」


と、チーフが説明を始めた。ざっとこんな具合になるみたいだ。



・重犯罪者用の監獄では、囚人の序列が設定されている


・序列は囚人間だけでなく、チーフ・マダムも知っている


・監獄に入った順番もあるが、腕っぷしの強さで決まっている


・決め方は外のグラウンドで1vs1で殴り合いを行い決める

チーフにばれないようにやる必要がある。

ばれた場合は2人ともチーフに抱擁される


・チーフに直接殴りかかっても良い。その時に大体の強さをチーフが測り、

順位変動をする。


測定後は、抱擁で仕留めるため、最近は挑んでくる子が居ないと嘆いている


・順位は変動時のみコミュニティーゾーンのモニターに表示される



ラビという人は現在1位になり、後ろの3人は2位から4位。


下に倒れている人は8位だそうだ。


「順位ってなんで付けてるんです?」


「そりゃぁ、私がか・わ・い・が・る、順番よ。

というのは冗談なんだけれど、ちょっと顔が引きつってるわよ。

後距離取ってない?

冗談は置いといて、お風呂・トイレは1階共用部分にあるわよね。

それの優先的に使える権利があるのよ。

特にお風呂は順位通りに入るから、最後の方はちょっとね、汚れがきついわね、はぁ……」


「結構理にかなってますね」


「そうなの。

それだけのために順位争いをさせている訳じゃないけどね。

後は、囚人達にも掃除を手伝わせているけど、トップ10は免除にしているの」


「へぇー」監獄は規律正しくし、もっと厳しい物かと思っていたが緩い所も

あるのかと思い、他にもあるのかと聞こうとした時に、ラビ側の話し合いが

終わったのか、話しかけてきた。


「チーフ!と、言う訳だ、ちょっと新入りの面かせや」


ラビは先程の事は無かった事にするつもりでそのまま進行させようとしている様だ。


「だ・め・よ。私が居ながら、他の女の子にちょっかい出しちゃうなんて本当、もうねぇ」


「違う!チーフは今はどうでもいいんだよ」


その言葉を聞いたチーフは「あら酷い、ラビちゃんったら私を捨てるのね」と両手で顔を隠し泣くような仕草をした。


それを見たラビは面倒くさそうに頭をガリガリと引っかき、「お前ら、チーフ抑えとけ」と後ろの3人に命令を出した。


それを聞いた3人は、チーフに向かってダッシュをして距離を詰めてきた。


顔を上げたチーフは「エリー、私から離れないようにね」と声を掛けてきたが、それと同時に私の横から声がした。


「どこ見てやがる、チーフ!」


声がした方を向くとラビが既に左手でパンチを繰り出していた。


私は当たると思いとっさにガードをしたが、私は素通りしチーフの方に伸びていった。


チーフはガード体制に入りそれを受け、そのまま数メートル飛ばされていった。


飛ばされたチーフが着地すると同時に、3人はチーフを取り囲んだ。


「ラビちゃん、今のは良いパンチね。

でも、女の子をいたぶるような真似をしちゃダメよ。

それにあなた達3人、私に勝てるとでも?」


3人は沈黙したままチーフを睨みつけていた。3人の代わりにラビが答えた。


「その気になりゃ、3人でなら抑えれるさ!!お前ら、任せたからな。しっかり時間稼ぎしてくれ」


それだけを言い、私に向き直ったラビは「じゃ、やろうぜ」と拳を突き出した後、ファイティングポーズを取った。


「ちょっと待ってください。私は新入りではなく、ハンター試験を受けるために掃除をしに来ただけなんですけど?」


「おー、同じ魔力持ちか。

って、ここの囚人は全員魔力持ちだけどな。

魔力持ちなら遠慮はいらないか」


「いや、だから……」


話が通じない事に私は困惑した。


更に反論をしようとしたが、それに被せる様に殴りかかって来た。


私はそれを躱し、後ろに距離を取った。


「まだ話し終わってませんよ!ちゃんと聞いてください!」


「いやいやー、聞けないな。今日限りでも新入りには変わりないしなぁ」


両手を開き胸の前に持っていき、悪い笑顔をしながらカモンと言う様に手を動作させた。


「エリー、ごめんだけどこっちを片している間、相手をしてあげて。

きっと寂しがり屋なのよ。

後、私から浮気したって事だから思いっきり殴っちゃっていいわよ」


そんなチーフに対してラビは「るせー!」と左の拳を振り上げながら抗議した。


私もラビには言いたいことがまだあるけど、聞き入れてくれないようなので戦うしかないようだ。


「さてと、新入り、魔力持ちならちょっとは格闘を学んでるよな?」


「……入門レベルですけど」


施設に居る間は確かに教えて貰っているけど、対人戦をしたくないからとずっとサンドバックを相手にしていた。


そんな私でいきなり強い人とどうにかなるものなのだろうかと悩んでいるが、その返答を聞いたラビはにっと笑い返してきた。


「オーケーオーケー、そんなもんだろう。まずは様子見で行くかな」


言い終わるとストレッチをする様に腕を回した後、左の拳を殴る前の態勢にし、そのままパンチを繰り出してきた。


殴る瞬間に魔力が集中しているように見えていた私はそれをギリギリの所で躱した。


「お、やるなー」


座学で魔力を飛ばしたり伸ばしたりすると聞いていたが実際に飛ばすところを見ると、魔力の塊が飛んできているだけにしか見えなかった。


「……魔力って、本当に飛ばせるんですね」


それを聞いたラビは眉間に皺を寄せ

「あん?なんだそりゃ……ああ、そうか」と口元を抑えてぶつぶつと言いながら何かを考え始めたようだ。


この隙に攻勢に出れば良いのかもしれないが、どうしたものかとチーフを見やった。


チーフの方は3人に囲まれたまま微動だにせず、牽制しあっている様子であった。


流石に2位から4位が相手ではチーフも厳しいという所なのだろうか。


視線をラビに戻した所で、口元から手を下ろしてこっちを見ようとしていたところだった。


「はぁ……まぁいいか。こうしよう。手加減って事でな。」


「手加減?」


「ああ。

俺とあんたじゃ恐らく力量に結構差があるだろうからな。

ハンデをやる。

俺に一発入れたらそれで仕舞にしようぜ」


どうするか、と考えようとしていたらさっきと同様に魔力を飛ばす攻撃をしてきた。


私はそれを避けつつ、何かを言おうとしたが、どう説得してもどうにもならないだろうと思い「ではそれで」と返事をした。


「お、乗り気になったわけだな。だったら……」


ラビは両拳に魔力を集中させ、ボクシングのワンツーという具合に連続で出してきた。それも、ワンツーの連続でだ。


私はラビを中心に円形に逃げるのがやっとであった。


「おらおらぁ!逃げてばっかだと攻撃できないぜ!!」


そう言われても、避けながらどう距離を詰めたものかと考えていたがどうも思いつかない。


考えながら回避していると、チーフ達の近くを通りすぎた。


ラビが放った魔力の塊の一つはチーフめがけて飛んで行ったのだが、チーフは当たる寸前、身体強化した腕で弾き飛ばした。


「あら、ラビちゃん、危ないわねぇ。

エリーも逃げてばかりだとばててきて最後集中砲火を食らうわよ。

見たのもやるのも初めてになるけど、今みたいに弾くことはできるから距離を詰めて一発ビンタでもお見舞いしちゃいなさい」


チーフは弾いた側の手をヒラヒラと振りながら言い、付け加えて「ちょっと痛いけどね」と言った。


そんな中、攻撃が止んだ。


ラビの方を見るとチーフに対して怒りの顔をしており、「おいおい、何教えてんだ!」と言った。


ラビから非難の声が上がるがチーフは口角を挙げて「ふんっ」とちょっと笑った。


「別に教えてもいいでしょ。

思いつく子も居るんだけれど、稀よ。

エリー、弾き方を間違うとちょっと痛いから注意してね。

反らすことも出来るわよ。

ああでも、可愛い娘の苦痛の顔もすきなのよねぇ」


私やラビ達含め、その発言には引いた顔をするしかなかった。


その様子を見たチーフは「勿論、冗談よ」とだけ言い、また3人を牽制するように見据え始めた。


「はぁ、チーフめ。ま、しゃーねぇ、仕切り直しだぜ、新入り」


構え直して気合を入れ直したラビは、魔力の塊を1発飛ばしてきた。


先程よりも速度が上がっている様で、私の顔辺りに飛んできたが、体をずらして避けた。


引き続き2発目、それも少し躱しながら左腕で滑らすように軌道を変えた。


「へぇ、初めてにしては上出来だな。でも、それで近づけるかな?」


先程同様、連続で魔力の塊を飛ばしてきた。


私はラビの方へ走りながら魔力の塊の軌道を反らしたり、弾いたりしながら、距離を詰めていった。


ちょっと腕が痛いが、要領を覚えたら割と出来るものなんだなと自分でも感心した。


私のパンチの射程距離に入った所で、手を伸ばしラビに拳を繰り出そうとしたが、その瞬間、私は後方へ飛ばされ壁に激突し地面に落ちた。


「はっはー。

お前結構いいね。

弾くだけでなく反らすことも直ぐに出来るようになるとはなぁ。

けどな、魔力の塊は何も腕からだけじゃないんだぜ。

脚も出来るし、今みたいに全身からも飛ばせるんだ」


私は壁を伝いながら立ち上がった。


ラビの話だと私が飛ばされたのは全身からの魔力の塊による攻撃のためであった。


ラビは「どうよ」と言わんばかりの顔でこちらを見ている。


少し息が詰まりそうになるし、背中に痛みは走るけど、まだ、行けそうだと自分を奮い起こすように両手で構えを取った。


「オーケー、じゃ続けるか」とラビはファイティングポーズを取った。


少しの間睨みあいながら私はどうしたものかと考えていた。


近づいて攻撃を当てようにも全身からの魔力の塊を飛ばされ、また後ろに飛ばされるしかないのではないだろうか。


ではどうするか?


先に口を開いたのはラビであった。


「おいおい、どうした?考え事か?

そんなもん体動かしながら……おっと、危ない危ない」


ラビが話し始めた隙に足に魔力を集中させ一気に距離を詰めたまでは良いが、殴りかかったら躱されてしまった。


続いて、着地する時に片足でブレーキをかけ、ラビの方に向き直りながら平手をしてみたがこれも躱された。


そこから幾度となくパンチ・キック・平手を繰り出したが全て躱されてしまう。


攻撃時にラビの顔も見えるのだが、余裕綽々という様に、涼しい顔をしながら「そんなんじゃ当たらない」と言い、私から距離を取った。


「あー、判ったよ新入り。そんなもんなー」


そう言い終わると同時に私に距離を詰め、私の腹部辺りに下から拳を突き出し、魔力の塊をぶつけてきた。


私はガードが間に合わなかったのとかなりの勢いがあったためか、また飛ばされた。


今度は軽くしか飛んでいないため、両脚で着地できたが、腹部には鈍痛が走った。


「拳のサイズだと、マスが小さい分、体全体よりも痛いだろ?」


腹部を抑えながら立ち上がろうとしたが、足が震えて上手く立てない。


やっとの思いで立ち上がったがどうやって一撃を入れたらいいかと考えているとラビが問いかけてきた。


「おいおい、続けるか?

お前の強さは大体判ったし弱い相手を殴る様な事はあんましたくねーんだけど?」


煽るような顔で言ってきたラビを見つめながら、私はどうするかと自問し始めた。


試験内容は掃除であり、戦闘については何も書かれていなかった。


ハンターとしては不測の事態に対して対処することを見ているのかもしれないと推測すると、ここで降りたら失格となるのではないだろうか?


ただし、このまま続けたところで一撃入れる手立てはない。


どちらを選んでも最悪の結果にしかならないのではないだろうか。


チーフの方を見ると、既に3人を抱擁し、気絶させている所だった。


チーフと目が合った。

続行か終了どっちでもいいわよというような笑顔をしていた。


私はどうするのが正解か判らないが、チーフを見た時に思いついた事を試すため、「……続けます」と答えた。


腕組みをしながら満面の笑みで

「お、いいねぇー。気に入ったぜ。だが根性だけじゃ俺には勝てないぜ」と言い、初めにしたように両手でカモンと手のの動きをした。


私は腹部を抑えている手を下ろし、自然な態勢でラビに向かって歩き出した。


どう攻撃してくるのか楽しそうに、にやついた顔で私を観察してきているが、

そんなことは気にせずに歩いて距離を詰め、ラビの前で止まった。


「おいおいー。こんな至近距離なら当たるとでも思ってるのか?」


そんな問いを無視し、私は笑顔を向けた。


ラビは向けられた顔を見て一瞬硬直した。


そんなラビに対して両手を広げ、抱擁した。


ラビは何が起きたのか気づくのにちょっと遅れ顔を赤くしながら「え?ちょ、お前!」と狼狽し始めた。


3人を床に寝かせ、その様子を見ていたチーフは

「なるほどなるほど、私の真似ね。見事な一撃ね」と

笑顔でサムアップをした。

「え?ちょまてやチーフ!これも一撃なのか!!」


「ええ、私がいつもしている事よ。

ま、わたしならそこから締めに掛かるけどエリーにはそこまで力は無さそうだし。

それよりもラビ、顔が赤いわよ?」


自分の男が浮気した時のような冷酷気味な顔をしたチーフはラビに言った。


ラビはまだ何か言いだそうとしていたが出入り口の方から「そこまでにしな!」と大きな声が響き渡った。

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