第18話 新たな問題

 *


「……んっ」


 最初に目を覚ましたのは――山崎だった。目を擦りながら、周囲をきょろきょろと見回している。完全に暗闇にするのは危険ということで、古畑が持っていたカメラの照明は常に付けられており、それなりに室内は明るく照らされていた。


「……っ⁉ ちょ、ちょっと、皆さん、起きてください!」


 そのおかげで、彼女はすぐに異変に気付くことができた。慌てた様子で、睡眠中の三人を起こす。


「んだよ……何かあったのか」

「金閣さんが消えてるんですよ! あそこにいたはずなのに、どこにもいません!」

「……は?」

「え、うそ……」

「ほ、本当だ……」


 一同は言葉を失う。確かに、部屋には金閣の姿がどこにも見えない。自主的に、どこかに行った――という線は考えられないだろう。何しろ、数時間前に服部にかなり痛めつけられる。あの怪我でわざわざ歩き回るというのは考えにくい。


「服部さん……! まさか、どこかにあの人を置き去りにしたんじゃないですよね⁉」

「んなことするかよ。俺はずっとここで寝てたぞ」

「というか、なんで服部さんも寝てるんですか! 見張りしてくれるんじゃなかったんですか⁉」

「…………お、俺も寝ないとは一言も言ってねえよ」

「はぁっ⁉ ふざけてるんですかっ⁉」


 その言い訳に、山崎は困惑の声を漏らす。


「誰かが起きてないと、寝てる時に何かあっても反応できないじゃないですか! しっかりしてくださいよ!」

「ああっ⁉ じゃあ、何か? 俺が悪いって言いたいのか!」

「そうですよ! 服部さんが全部悪いです!」

「け、喧嘩はやめましょうよう……」


 苺が二人を宥める一方で、古畑は――カメラを持ち、何か操作をしていた。


「もう! そういうところが嫌いなんですよ! はっきり言いますけどね! もし、ここから無事に出られたら、私は辞めますからね、こんな仕事!」

「はぁっ⁉ てめえが辞めたら、誰がADするんだよ!」

「全部、自分でやればいいじゃないですか! 服部さん、一人でやる方が合ってますよ」

「どういう意味だッ! 上司にんな口利いてんじゃねえ!」 


 ぱしっと、服部は平手で山崎の後頭部を叩く。


「つっ……その、すぐ暴力に頼るの、いい加減にやめてくださいよ! 暴力で解決できないことなんて、この世界にいっぱいあるんですからね!」

「はぁっ⁉ んなもん、ねえよ! この世界はな、暴力で回ってんだよ! 人間も幽霊もな、痛い目に遭ったら、言うこと聞くんだよ! 分かったか!」

「……この、単細胞が」

「オイ! テメェ今なんつった!」


 一触即発。これまで山崎が溜めていた鬱憤が、一気に解放される。このままでは殴り合いの喧嘩を起こすのも、時間の問題だろう。


「ちょ、ちょっと! 皆さん、これ見てください!」


 だが、そんな二人の争いは――古畑の一声によって、中断された。


「あ? なんだよ」

「じ、実は自分……ずっと、寝てる間も、カメラを回していたんですよ。それを今チェックしていたら……金閣さんが消えた瞬間が、ばっちり映ってます」

「ほ、本当ですかっ⁉ 見せてください!」


 三人は古畑のカメラに集まる。そこには確かに――謎の黒い影に覆われ、金閣が消える光景が映されていた。その光景に、全員が息を呑む。


「……チッ。どうやら、向こうも本気出してきたらしいな」

「ど、どこに連れて行かれたんでしょうか……まさか、殺されたなんて……」

「も、もうやだぁ……うちに帰してぇ……」


 苺は山崎の袖を掴む。そんな彼女を、山崎は優しく抱擁する。


「とにかく、これから単独行動は禁止だな。誰かが常に監視してれば、向こうだって手は出せねえはずだ」

「そういう……もんなんですかね」

「間違いねぇ。こういうのは俺の経験上、一人になったところを狙ってくるからな。全員一緒なら、心配ねえはずだ。それに、迂闊に出歩くのもやめた方がいいだろうな。下手に動いたら、階段の二の舞だ」


 金閣の虚言に付き合ってしまったせいで、あの首無し男と遭遇してしまったが、本来はこのような危険区域を徘徊すること自体が禁止事項だろう。遭難した際の対処法と同じ。その場から動かず、じっくりと待つことが最良の選択肢と言える。


「次にあいつらがどう動くか、こっちが見極めてやろうじゃねえか」

「……服部さん。金閣さんに、申し訳ないと思わないんですか。アナタがちゃんと見張っていたら、防げたかもしれないんですよ」


 確かに、服部の言う対処法は正しいかもしれない。だが、もしも、それが真実だとするならば――金閣の失踪は服部が見張りの役目さえ果たしていれば、防げた可能性は十分にあるはず。既に、彼のことなどすっかり忘れてしまっているような口調が、どうしても山崎は気に入らなかった。


「……そりゃあ、俺だって、ちょっとは悪いと思ってるよ」

「えっ」


 そのしおらしい反応に、三人は驚愕する。

 まさか、服部は本当に、悪いと思っているのだろうか。この暴の化身のような男に、まだそんな感情が残っているとは――想定外である。


「あいつがいねえと、帰った時に金が入ってこねえもんな。惜しいことしたわ」

「……………………」


 あぁ、やはり――服部とは、こういう男だ。ある意味、予想通りの言葉に、三人は逆に安堵さえ覚えてしまった。


 *


「……ねぇ」

「なんすか」

「何か、向こうで動きあった?」

「いや、ないっすね」

「……そっか。ふーん」


 すうと、サヤは大きな深呼吸をする。そして――


「暇ああああああああああああああああああっっっっ‼‼‼‼‼」


 大声で、叫び声を上げた。その音量に、思わずライトは顔を歪ませる。


「あれから、もう半日は経ってるぞ⁉ なんで、あいつら一歩も動かないんだよ! ここから、出たくないのかよ!」

「そんなに暇なら、漫画でも読めばいいじゃないっすか」

「この前、全巻読み直したの忘れたああああああ‼‼‼ 補充しとけばよかったああああああああ‼‼‼」

「あぁ……そっすか」


 ごろごろと、サヤはその場で転がっている。どうやら、相当退屈らしい。最初はメンヘラ一号をじっと眺めていたが、やがてはそれも飽きてしまった。


「というか、そんなに暇なら、こっちから手を出せばいいじゃないっすか」

「今はこっちから手を出す雰囲気じゃないだろうがああああああああああ‼‼‼」

「えぇ……そうっすかねぇ」

「そうなの! あいつらは仲間を一人失ったことで、次は自分が消えるかもしれないって怯えてるの! でも、ここでじっとしていても、状況は悪くなるばかり……そんな時、誰かが叫ぶの! こんなところにいられるか、家に帰らせてもらう! って。そして、他の人の制止も聞かずに、一人、闇の中に消えていく……そこで、私の出番!」


 びしっと、サヤは人差し指をライトに向ける。


「そいつを襲って、叫び声を聞かせて、末路を悟らせるんだよ! これが私の黄金パターン、これだけは譲れない!」

「……はぁ」


 言わんとすることは理解できる。要するに、サヤは単独行動をする者を待っているのだ。だが、相手は四人全員で固まり、行動している。奇しくも、完璧な対処法を取られてしまっている。

それに加えて、彼女自身のせっかちさも相まって、ここまで暴れているのだろう。これを計算に入れてやっているのなら、たいしたものだ。


「誰か早く孤立しろよおおおおおおおおおお! ひまひまひまひまひまァ!」

 足をばたばたと動かしながら、うずくまっていたサヤだが――突然、その動きが止まった。


「……カラオケでも、するか」

「また急に変なこと言い出した……」


 その発言にライトが困惑する中、サヤはどこからかマイクを取り出してきた。

 当然、二人がいるこの地下室は完全防音部屋。どれだけ歌っても、暴れても、その音が漏れることはないのだが――真上で人間たちが絶賛恐怖体験をしている時に、普通、歌うだろうか。


「オーブちゃん。スピーカーモード、オン」


 どこからか現れたオーブに向かって、サヤは命令する。すると、どうだろうか。球体のオーブがたんぽぽの綿毛のような姿へと変化した。


「じゃあ、まず一曲目! シャ――」


 そして、彼女が歌おうとした瞬間――ライトはモニターで何か動きがあったことを察知した。


「あっ、先輩! あいつら、何かするみたいっすよ!」

「今、いいところだろうがああああああああああああああ‼‼‼‼」


 *


「……まあ、いつかは来ると思ってたが、どうするか」

「もっと早い段階で、来てもよかったですよ……むしろ、よくここまで誰も行きませんでしたよね」

「自分もちょっと、そんな感じはあったんですけど……恐怖で引っ込みました」

「……ご、ごめんなさぃ」


 もじもじと震える苺を取り囲むように、三人は神妙な顔で会議をする。彼らを悩ませている問題とは――


「……トイレか」

「うぅ……」


 そう、トイレである。この廃病院を訪れて、丸一日以上が経過した頃、ついに、アイドルの苺が――催してしまった。

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