第17話 第一犠牲者

 *


「けっ、この辺で勘弁してやるよ」

「あう……あぁ」


 ようやく、服部の怒りが収まったらしい。金閣はうなだれながら嗚咽のような声を漏らしていた。


「ボ、ボコボコじゃないですか! やり過ぎですよ!」

「殺さないだけ、ありがたいと思えよ。今の俺はここにいる幽霊よりも殺気立ってるんだからな」

「うぇぇぇ……この人怖いぃぃぃ……」


 苺に至っては服部自体に恐怖を覚え、泣き出してしまっている。


「んなことより、運動したら腹が減ったわ。食料はどんだけ残ってんだ?」


 もう金閣には興味が失せたように、服部は話題を変える。だが、こちらも重要な問題だった。言葉には出さなかったが、この場にいる全員が空腹感と喉の渇きを覚えている。それも当然、既に、最後に食事を取ってから半日以上が経過していた。


「……一応、休憩用の軽食と水はありますけど、本当に少しだけですよ。この人数だと、一食か二食が限度です」

「そんだけか。じゃあ、そこで伸びてるジジイの分を抜いて、最低限の食事にすれば、二日は持つな」

「なっ……あの人に、何も食べさせないつもりですか⁉」


 さすがに、その発言は山崎も見過ごせない。それでは間接的な殺人になってしまう。


「当たり前だろ。あいつはな、これまでインチキ商売でいいモンをたらふく食ってきたんだよ。これは天罰。ここで飢え死にするのが運命ってやつだ」

「そ、そんなの、私たちが殺すようなもんじゃないですか! 私は反対ですよ!」

「あ? じゃあなんだ? お前はこのジジイに、同情できる部分でもあるのか? こいつはな、俺たちが汗水垂らして働いてる時も、人を欺して、うまい寿司を腹一杯食ってたんだぞ。それに対して、何の感情も沸かないのか? お前はそんなに、聖人みてえな心を持ってんのか?」

「……っ」


 山崎は言葉に詰まる。確かに、彼に対して、何も思うところがないと言えば――嘘になる。金閣が詐欺師ということには変わりない。

 もしも、この五人の中で、誰かを切り捨てる必要があると言われたら……必然的に、答えは決まってしまうだろう。そして、その選択の瞬間が、今、この時なのだ。残り少ない食料をどうやって節約するか、決める必要がある。


「……お、お寿司を食べてたとは……分からないじゃないですか」

「はぁっ⁉ いいか! こういうジジイは大抵、寿司ばっか食ってんだよ! なぁ、寿司好きだよなぁっ⁉」


 再び、服部は金閣の胸倉を掴み、首をゆらゆらと揺らさせながら、質問する。


「は、はい……好きです……」

「ほら見ろ! やっぱ寿司が好物じゃねえか!」

「と、とにかく! 私は反対です! どうしてもって言うなら、私の分の食料を分けますからね!」

「けっ、勝手にしろよ。馬鹿女」


「あ、あのぉ~……ちょっといいですか」


 揉めている二人の間に、古畑が入ってきた。


「なんだよ」

「とりあえず、一旦、休憩を取りませんか? 皆さん、昨日の夜からずっと寝てませんし、仮眠を取ってから、食事の件をどうするか、話し合うってことで……」


 窓の外は変わらず闇に覆われているため、感覚が狂ってしまうが、現在時刻は昼を回っている。一晩中のロケが終わった後も、五人は一睡もしてないため、疲労もピークを迎えていた。


「……こんな状況で、眠れるわけねえだろ」

「そ、そうですよね……すみません」


 あっけなく、その案は服部に却下される。当然と言えば当然。現在進行形で幽霊に狙われているにもかかわらず、呑気に眠るなんてできないと言われたら、それまでの話だ。


「いえ、私は古畑さんに賛成です。どこかで睡眠は取る必要がありますし、いざって時のために体力は回復させておいた方がいいと思います」

「あっ……じ、実は……私もずっと眠くて……」


 しかし、古畑の意見に山崎と苺は賛成する。現在、比較的にこの待合室の安全は確保できていると言える。実際に、この空間で過ごした二人には何も異常は起きてない。これから長丁場を覚悟するなら、休憩はどこかで必ず取る必要がある。


「服部さんだけ眠れないなら、見張りをしてくださいよ。私たちは仮眠を取りますから」

「……けっ、じゃあ好きに寝とけよ。何かあっても、知らねえからな」


 意識を失っている金閣をロビーチェアに運び、服部を除く三人もそれぞれ椅子の上に寝転がる。上質なベッド――とは言わないが、身体を休める分には問題ないだろう。そのまま、三人は五分も立たないうちに、夢の世界へと旅立ってしまった。


「……マジかよ。あいつら本当に寝たのか。信じられねえ」


 その姿を見て、服部は悪態を吐く。現在、この場で起きているのは彼のみ。孤独な空間が訪れてしまった。


「普通、寝るか? この状況で……アホらしい。俺は絶対に寝ねえからな」


 そう言うと、服部は椅子にもたれながら、腕を組み、目を閉じて、すぐに臨戦態勢を取れるような姿勢を取る。しかし――彼自身も、疲労が溜まっていたのか、気付かないうちに、すやすやと眠ってしまった。


 *


「先輩。何か、あいつら寝たみたいっすよ」

「え。うそ」


 モニターで監視していたライトはそれをサヤに伝える。画面にはいびきをかきながら爆睡している服部と、眠っている四人が映し出されていた。


「えぇ……マジで。普通、寝る? この状況で」

「昨日の夜からぶっ通しっすから、そろそろ眠くねる時間帯っすね」

「ま、まあいいや。せっかくだし、この時間を有効活用しようかな」

「というと?」

「ここら辺で、一人消しておくか」


 サヤは人差し指を立て、モニターへ向ける。


「おっ、ついに第一犠牲者っすね。で、誰を?」

「ま、ここは順当にインチキ霊能力者でいいか。もう役目は終えてるし、これ以上いても、面白くならないでしょ」


 偽の霊能力者だということが判明した以上、金閣を残す意味はないだろう。その負傷も加味すると、ここで落としておくのは彼しかいない。

 サヤは床を指差す。すると、突如として、黒い霧に覆われた穴のようなものが出現した。


「な、なんすか。それ」

「捕獲用の空間、ってやつ。この中に入れたら、時間って概念から隔離されて、意識を失ったまま飲まず食わずでも一週間は生きられるんだよね」

「……相変わらず、何でもありっすねぇ」


 サヤが指を動かすのと同時に、モニターの向こうにも同じ穴が出現する。そして、その穴は金閣の真下に移動し――彼をまるごと呑み込み、まるで、最初からそこにいなかったかのように、消え失せてしまった。

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