第16話 本当に怖いのは──

 *


「私さぁ……、めっちゃ好きなんだよね」

「あぁ、それは俺も覚えてるっす。インパクトありますもんね」


 サヤが語るあの動画とは心霊スポットで絶叫する首無し男と遭遇するという内容の投稿動画である。心霊番組でたびたび放送されており、ライトも見覚えがあった。


「よくよく考えたらさ、おかしい部分はいっぱいあるんだよ。そもそも、なんで首がないのに叫べるのかとか、なんで通り過ぎるだけで襲ってこないんだとか。でも、理屈じゃないんだよね。そういうのを無視する勢いがすごい。情報量で直接殴るっていうのかな。現実に遭遇したら、絶対に怖いよね、あれ」

「まあ……怖いっすよねぇ」


 思考をする前に、恐怖の情報量でねじ伏せる。これも効果的な方法である。視覚と聴覚、それを同時に支配されると、どうしても人間は冷静さを失ってしまう。結果、もっとも原始的な防衛手段の〝逃走〟を選んでしまう。こうなってしまったら、もう立ち向かう勇気は失せてしまうというものだ。脳は全力で生き延びるための手段を探す方向へ思考を転換させる。


「というか、あれってどうやって動かしてるんすか」

「あぁ、普通に、マネキンの間接をオーブちゃんが動かして、それっぽく見せてるだけだよ。叫び声も、あらかじめ録音してるやつ」

「へぇ……結構、器用に動かせるもんなんすね」

「うん、私でも、あそこまでは無理かな。遠隔だと、どうしても動きがぎこちなくなっちゃうし。その点、オーブちゃんは練習さえしておけば、あんなリアルに動かせるんだから、すごいよねぇ」

「結局、オーブってなんなんすか? 俺らみたいな幽霊とはまた違った存在……なんすよね」


 これまで、何となく受け入れていたが、よくよく考えると、オーブという存在は謎に包まれている。一体、彼らは何者なのか。どこから来て、どこへ消えるのか。自然と、ライトも同族だと思い込んでいたが、そもそも霊とはまた別の種のように思えてしまう。


「うーん……私も、そんな詳しくは知らないからなぁ。人間の残留思念に近いものだと思ってるけど、動物の霊とか、魂が分割されたものとか色々諸説はあるみたいだし、本人たちに聞いても、よく分かんないみたいだし。もしかしたら、元々は生きていた幽霊じゃなくて、最初からあの形で生まれた精霊に近いのかもね」

「精霊……っすか。まあ、言われてみると、それっぽいですけど」

「別に、オーブちゃんって弱い存在じゃないんだよね。一つ一つが魂のそれと近いわけだし、この病院全部のオーブちゃんを合わせたら、私よりもエネルギー量は多いんじゃない?」

「えっ⁉ それって、先輩よりも強いってことですか⁉」


 これはライトも驚いた。異空間を作り出せるアシツキの幽霊よりも、オーブの方が上とは。これまではただのふわふわした不思議な毛玉だと思っていたが、その認識を改める必要があるかもしれない。


「ま、単純な話ならね。そりゃ総合的に使える力は私の方が上だけど。あ、でも普通の下級霊なら、ちょっとオーブちゃんが群れるだけで普通に負けるかもね」

「え……俺ってそんなに弱いんすか……」

「さっ。そろそろ、無限階段も解除しよっかな。これ以上は向こうが持たないだろうし」


 ライトが落ち込む一方で、パチンと、サヤは指を鳴らした。


 *


「おい、マジでいつまで続くんだよ! これ!」


 首無し男と遭遇してから、一体どれだけ階段を下ったのか。若い頃ならいざ知らず、中年に差し掛かっている彼らの肉体では既に体力の限界をとっくに超えていた。既に全身から汗が噴き出し、心臓はこれ以上の運動量には耐えられないと悲鳴を上げているが、足を止めるということは死を意味する。走り続けるしかない。


「は、服部さん……も、もうカメラが重くて……これ、捨ててもいいですか?」

「ダメだ! 撮り続けろ! んなことしたら、ただじゃおかねえぞ!」

「えぇ……」

「は、はひっ……もう無理……」


 最も高齢者である金閣と、カメラを持っている古畑のペースが明らかに落ち始めた。依然として、背後からはあの首無し男の絶叫が響いており、休憩なんてしようものなら、鉢合わせることは間違いないだろう。


「――うおっ! なんだ⁉」


 その時、突如として、三人の前に壁が現れた。ようやく、階段を下りきったのか、それとも――逃げ道を塞がれたのか。どちらにしても、逃走しか彼らに残された選択肢はない。今度は通路を走り抜ける。だが、ちょうど曲がり角に差し掛かったところで、目の前に再び人影が現れた。


「うおおっ⁉」

「うわっ⁉ は、服部さん?」


 だが、その影にはちゃんと首がある。よくよく観察してみると、その姿と声も聞き覚えがあり、顔を確認してみると――待合室で待機していた山崎だった。その傍には物陰に隠れている苺もいる。


「も、戻って……きたのか」

「た、助かったぁ」


 三人は魂が抜けてしまったかのように、その場で倒れ込んでしまった


「ちょっ……な、何があったんですか?」


 *


「そ、そんなことがあったんですか……やっぱり、ここって危険な場所なんですね」


 事情を聞いた山崎は戦慄する。こちらは特に何も変化はなかったが、服部らの反応と疲労を見る限り、真実だろう。病院内に首のない男が徘徊していると思うだけで、恐ろしい。


「映像は撮れてると思うけど……見る?」


 古畑が撮影していた一連の映像を山崎も確認する。そこには確かに、無限に続く階段と追いかけてくる首無し男が映されていた。


「これは……すごいもの撮れましたね」

「あの~それで、ここから出る手がかりは見つかったんですか?」


 横から、苺が顔を出す。


「そうだ。私も、それが聞きたかったんですよ。何か、分かったんですか?」


 男組が探索に出発してから、実に六時間近くが経過していた。それだけの時間があれば、多少は何か進捗があったに違いない。


「……あぁ、思い出したわ。それが本題だったな」


 服部は立ち上がる。その動作に、金閣はびくりと全身を震わせた。そのまま、服部は彼の前で足を止め、顔を覗きながら、視線を合わせる。


「おい、クソジジイ。テメェ、本当は霊能力なんてないんだろ? ただの詐欺師なんだよな? 今、それを認めたら、特別に許してやるよ」

「…………っ」

「えっ」

「う、うそ……」


 その場にいなかった女子組二人は絶句する。


「ワ、ワシは……ワシは……」


 金閣はうわごとのようなものをブツブツと唱えていた。恐らく、それは言い訳に近いものだと思われるが、何を言っているのか、よく聞き取れない。


「――さっさと答えろやゴルァ‼‼‼ テメェはただのペテン師なんだろ⁉」

「ひぃっ‼」


 服部の怒声に、金閣は完全に怯んでしまい、その場で倒れ込む。


「ちょ、ちょっと……服部さん、落ち着いてくださいよ」

「おい、止めるなよ。山崎。こいつはな、俺たちを欺してたんだぞ。もし、こいつが本物の霊能力者だったら……とっくに脱出できてたんだ。今、こうやって閉じ込められてるのも、こいつのせいなんだぞ。違うか? あ?」

「そ、それは……」


 ――否定はできない。確かに、珍しく服部の意見も一理ある。


「……ご、ご……い」

「あ? なんだって?」


 金閣が何かを呟いているが、うまく聞き取れない。


「ご……な……い」

「もっとはっきり喋れやゴルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア‼‼‼‼‼‼」

「ご、ごめんなさいいいいいいいいい!」


 金閣は土下座をして、ついに全員の前で謝罪した。


「お? 認めたな? インチキだって、認めるんだな?」

「はい! そうですううううううううう! 自分に特別な力なんてありませんんんんん!」

「ほぉ~……そうか。つまり、テメェは俺を欺してたってことになるな」


 服部は――拳を握りしめ、それを金閣に向かって振り下ろした。


「オルァ!」

「ぶへっ‼」

「ちょっ……は、服部さん!」


 慌てて山崎は制止する。


「ぼ、暴力はダメですよ! やりすぎです!」

「こいつはなァ! 俺たちを欺してただけじゃなくて、視聴者まで欺そうとしてたんだぞ⁉ んなやつを許せるわけねえだろが‼‼‼ 俺はやらせって言葉が一番嫌いなんだよぉ‼‼‼」

「さ、さっき、謝ったら許すって……」

「そりゃこいつらの話だ‼‼‼ 俺と視聴者が許すなんて、一言も言ってねえよ‼‼‼‼」


 今度は金閣の腹に蹴りを放つ。


「痛い!」

「は、服部さん! やり過ぎです! それ以上は犯罪ですよ!」

「おう、上等だゴラァ! 警察呼べるもんなら、呼んでみろよ! それで、助かるなら、俺も喜んで逮捕パクられてやるよ!」

「と、とにかく、暴力はやめましょう! 話し合いで……」

「るせぇ! 離せ!」

「きゃっ」


 山崎を振り解き、再び服部は金閣を殴る。どうやら、完全に頭に血が昇っており、彼を止められる者は誰もいなかった。


「帰ったらギャラは全部返してもらうからな! あと、違約金と賠償金と慰謝料もだ! ついでに、事務所に残ってるDVDの在庫も全部買い取りやがれッ!」

「は、払います……買いますから……やめ」

「それとこれとは話が別に決まってんだろうがああああああああああ‼‼‼‼‼」


 もうこの場に、服部を止められる者はいない。三人はただ、金閣が服部に詰められる様子を眺めることしかできなかった。



『オラァ! よくも恥かかせてくれやがったな! テメェの全財産、全部奪ってやるからな! この金の亡者がッ!』

『ご、ごめんなさっ……許してっ……』

『ごめんで済んだら呪いなんて存在しねえんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお‼‼‼‼‼‼‼‼』



「…………」

「…………」


 その様子をモニター越しに監視していたサヤとライトは言葉を失う。今の服部は彼女たちでさえ、萎縮するほどの迫力があった。


「……何かさ、本当に怖いのは幽霊よりも人間って言うじゃん」

「……言いますね」


「あれって、あながち嘘でもなかったね……」

「そうっすね……」

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