第15話 疾走
*
「……クソが。またハズレかよ。これで、二階も全部探し終わったぞ」
金閣の指示に従い、探索を開始してから、実に五時間近くが経過していた。しかし、その成果はゼロ。どの部屋に入っても、金閣は「ここではない」と言うだけで、一向に結果の脆い部分という場所は見つからない。
「……服部さん。ここだけの話、あの人ってちょっと怪しくないですか?」
古畑は金閣に聞こえない程度の音量で、服部に耳打ちする。
「あぁ……俺も、そう思ってきたところだ。もしも、あいつがインチキだったら……ぜってぇに許さねえからな」
さすがに、ここまで何も成果を得られないとなると、彼の発言から身分まで、すべてに疑惑がかかる。もしも、霊能力者ということ自体が偽りだったら――怒りで自分を抑えられなくなると、服部は確信していた。
「……っ」
その殺意が込められた視線を察したのか、金閣は全身を大きく震わせた。
「……たっ、大変だ‼‼‼」
そして――急に立ち上がり、声を荒げる。
「あ? 今度はなんだよ」
「おい! 今すぐ、元の場所に戻るぞ! あの二人に危険が迫っておる!」
「二人ぃ? 山崎と苺ちゃんのことか?」
「そうだ! 邪の気配が迫っておる! 早く助けなければ!」
そう言うと、金閣は階段の方角へと走り出した。
「……ど、どういうことですかね。二人に危険が迫ってるって」
「もしかして、あいつ……三階に行ったら、インチキが全部バレるから、時間稼ぎしてるんじゃねえか」
既に、服部と古畑はほぼ金閣を見限っていた。恐らく、この者に霊能力者の力はない。九九パーセントの確率で、インチキ霊能力者だと確信している。
「何をしている! 早く来い! 一刻を争うぞ!」
その場から動こうとしない二人に対して、金閣は必死で呼びかける。
「……仕方ねえ。一応、行くか」
服部は残された一パーセントに期待を込め、従うことにした。どのみち、彼がクロかシロかということは――一階に行けば、分かることだろう。
ダダダダダッ
「急げぇ! 時間がないぞぉ!」
金閣は全速力で廊下を駆け抜ける。その後方十メートルほど離れた距離から、服部と古畑は彼の背中を追っていた。
「ったく、ジジイのくせに、どこにあんな体力があるんだよ」
「あ、もう階段に着きましたね」
先行していた金閣が階段を降り、二人もそのあとに続く。山崎と苺が待機しているのは一階の正面窓口付近。一階に着けば、すぐに鉢合わせるはず。
二十段の階段を降り、踊り場をくるりと周り、再び二十段を降りる。そして、再び二十段を降り、踊り場をくるりと周り、二十段降りる。そして再び、二十段降りて――
「……ちょっと待て!」
その服部の一声に、金閣と古畑は足を止める。
「何をしている! 早く助けにいかんと……」
「俺たちは二階にいて、今は一階に向かってるんだよな? どう考えても……階段が長すぎねえか? もう何段降りたんだよ」
その服部の言葉に、二人は息を呑む。
確かに――どう考えても、距離が合わない。本来なら、合計四十段ほどで、一階に到着しているはず。しかし、本来は一回しか通り過ぎない踊り場を三回も通っているのだ。明らかに、階段が長すぎる。これではまるで――延々と、この階段が続いてるようだ。
――ォォォォォォ
「……っ。なんだ、今の音」
三人が奇妙な現象に困惑している中、何か、人の声のような音が――上から聞こえた。示し合わせるかのように、三人は背後へ振り向く。
――ォォォォォォ
やはり、人の声だ。それも、絶叫のように聞こえる。よく耳を澄ますと、同時にコンクリートを叩くような音も鳴っている。いや、これは――叩いているより、蹴っていると言った方が正しいだろう。
「……おい、これって」
同時にその思考にたどり着いた三人は互いに見つめ合う。そして――ほぼ同時に、全速力で階段を下り始めた。
ダダダダダッ
ダダダダダッ
「――ォォォォォォ!」
上階から迫る声は徐々に鮮明になっている。やはり、間違いない。こちらへと近付いている。
「は、服部さん! やっぱり、何か上から来てますよ!」
「オイ! なんだよ、これ! 上に何がいんだよ⁉」
「ワ、ワシが知るか!」
三人は言い争いをしながら、階段を必死に降りる。しかし、何十段、何百段降りても、一階にたどり着く気配はない。
「クソッ! この階段もどうなってんだ! 何段降りればいいんだよっ⁉」
「僕たち、二階に閉じ込められたんですかね⁉」
「金閣! テメェ、何とかしろよ! このままだと、追いつかれるぞ!」
「む、無理だ! ワシの手に負える相手じゃない!」
「ああっ⁉ んだとゴルァ! 何のために、テメェを雇ってると思ってんだ!」
延々に続く階段。そして、上から迫ってくる謎の声。八方塞がりとはこのことだろう。いずれは体力の限界が訪れ、鉢合わせることになる。
「クソッ! 埒が明かねえ! こうなったら、あいつを迎え撃つぞ!」
「えっ⁉ 迎え撃つって、どうするんですか?」
「決まってんだろっ! そこの坊主を囮にして……その隙に殺るんだよっ!」
服部は金閣の襟首を掴み、足を止める。「うげぇ」と情けない声を出しながら、金閣はその場で転倒した。そのまま服部は彼に馬乗りをするように覆い被さり、胸倉を掴む。
「おい、もうこっちは分かってんだよ。テメェ、偽物の霊能力者だろ」
「なっ……⁉ は、離せ!」
「ギャラ分の仕事はしてもらうからな。テメェが囮になって、あいつを引きつけてこいや」
「い、嫌だッ! そんなことしたら、ワシが殺されるッ!」
「じゃあ、今から俺が殺してやるよおおおおおおおおお‼‼‼‼」
そう言うと、服部は金閣の胸倉を持ち上げ、階段の手すりから落とそうとする。
「は、離せええええええええええ‼‼‼ やめろおおおおおおおおおおお‼‼‼」
「は、服部さん! さすがに、それはまずいですって!」
いくら相手が詐欺師と言っても、殺人行為は見過ごせない。古畑は服部を制止する。
「うるせェ! この俺を欺しやがって! 金返せよ、クソジジイ‼‼‼」
「か、返します! 謝りますから、やめてくださいいいいいいいい‼‼‼」
「謝って済むなら、呪いなんて存在しねえんだよ!」
「服部さん! 後ろ! 後ろを見てください!」
なぜか古畑は必死に服部の肩を叩き、背後を指差していた。金閣の怒りで我を忘れていた服部だが、その奇妙な行動に、一瞬、頭が冷静になり、その方向へと振り向く。
階段の上部に――先ほどまでなかった人影がある。だが、それにしては妙だ。その影には――首がなかった。
「うおっ……」
「ひっ……」
その光景を前にして、三人は息を呑む。一瞬、時が制止したかのような、静寂が訪れる。だがすぐにそれは――破られた。
「ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ‼‼‼‼‼‼」
首無し男は絶叫を上げながら、階段を駆け下り、服部たちへ迫ってきた。
「うおおおおおおおおっ⁉ に、逃げろおおおおおおおおおおおおおおおおお‼‼‼‼」
「ひいいいいいいいいいいいいいっ‼‼‼」
「うわあああああああああああああっ‼‼‼」
常軌を逸した事態に、服部、古畑、金閣の三人は錯乱状態になり、一目散に走り出した。
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