第2話 サヤ先輩
「こ、こいつ! 屈伸しやがった! 煽りやがって。絶対ぶっ殺してやる‼」
「…………」
それが今、絶賛非対称対戦ゲームをブチギレながらプレイしている幽霊としての先輩「サヤ」だ。名字はライトも聞かされていない。
見た目は小学校低学年ほどの女の子。しかし、幽霊歴は十年以上の大ベテラン。霊の外見は死亡時の姿が反映されるらしく、最初は年下だと思っていたため、この事実を知った時は驚愕した。ライトが廃病院で出会ったのは──彼女だった。
何でも、サヤは家族と一緒に交通事故で亡くなったらしい。だが、幽霊になったのはサヤだけだった。両親は霊になることはなく、この世を去ってしまったようで、しばらくの間は一人で孤独に生活をしていた。
そんなある日、偶然訪れたこの廃病院で、老人の幽霊と出会う。それからは親代わりとして、その老人の霊に育てられ、彼が成仏してからはここで独り暮らしをするようになったという。今でも彼のことはとても尊敬しており、時折、病院の外にある墓標へ墓参りに行っているほどだ。
と、ここまでは人情溢れる話に聞こえるが、問題はサヤ自身の性格だろう。
「っしゃあ! 処刑完了! ざまあみろ! 死ね!」
「…………」
説明するまでもなく、サヤはとてもまともな性格、趣味とは言えない。気に入らないことがあると、物や人に当たるのが日常茶飯事。ライトという後輩ができてからは特にその傾向が強くなってしまった。
いや、実際には面倒見自体はかなりいい方だと思われるが、何か妙なところで歪んでいる。年齢は彼より上だが、容姿のせいか、ずっと幼く見えてしまう。彼女の方がよっぽどヤンキー気質な性格をしていると、ライト自身も思っていた。
先輩と呼ばないと拳が飛び、敬語も使わないと蹴りが飛ぶ、先程のように毎日強制的にホラー映画を見せられており、従わない場合は拳と蹴りが両方飛んでくる。心優しい老人に拾われているはずなのに、なぜこんな横暴な性格になってしまったのかは――永遠の謎だろう。
こうして、この廃病院でサヤと出会ったライトは彼女との奇妙な共同生活を送るようになってしまった。インターネットがない数十年前ならともかく、現代社会では幽霊でも楽しめる娯楽は山のようにあることから、退屈はしていない。むしろ、第二の人生としてこの幽霊としての暮らしも悪くはないとさえ思っている。
「で、ライト。お前は何見てんの」
「昨日録画したドラマっすけど」
ゲームを終えたサヤは図々しく、ライトの隣に座る。
「これ、結構一話から話題になってる恋愛ドラマで面白いっすよ。先輩も見てみたらどうっすか」
「へぇ。で、それってゾンビとかサメとかクリーチャー出てくる?」
「……いや、出てこないっすけど」
「じゃあ、血とか臓物とか出てくる?」
「……出るわけないじゃないっすか」
「つまんね。じゃあいいや」
「…………」
サヤが映画やドラマを見る基準はこの二つ。怪物が出てくるか、流血シーンがあるか、だ。本当に趣味が悪いとしか言えない。
「はぁ~何か退屈だなぁ。面白いこと起きないかなぁ」
スマホを手に持ちながら、サヤは呟く。
「最近は何か暇っすね。〝客〟も来ないですし」
「そう、それだよ。もう夏も近いってのに、ここ数週間、誰も来やしない。どうなってんだか」
「言われてみると、もう六月ですもんねぇ。夏になると、やっぱり結構増えるんすか?」
「あぁ、そういえばライトは夏を経験したことはなかったな。ここの夏はすごいぞ……多い時は毎日客が来る」
「そ、それは……楽しみっすね」
ピー
そのような雑談をしていると、甲高い機械音が部屋に鳴り響いた。まさに、ナイスタイミング。まさか、客の話をしている時に、来訪者が現れるとは。
「うおっ⁉ もしかして、誰か来た⁉」
「どうやら、そうみたいっすね。ほら、カメラにカップルが映ってますよ」
部屋に設置されているモニターには若い男女が映されていた。大方、夏が近いということもあり、肝試しにやってきたカップルだろう。ありがちなパターンだ。
「フハハハハ! やっぱり夏は最高だな! アホな若者共が刺激を求めて不法侵入してくる季節だ! 飛んで火に入る夏の虫とはこのことだわ! さぁ、恐怖のどん底に陥れてやるぞ!」
「テンション高いっすね」
そう、彼女たちはただ廃病院でニート生活を満喫しているわけではない。有名な心霊スポットということは──それだけ大勢の人間が肝試しの場として訪れるということ。そのような怖い者知らずをもてなすのが幽霊の仕事というわけだ。
この廃病院にはサヤが用意した百以上のカメラが仕掛けられており、全ての映像を二人がいる地下室から監視することができる。しかも、それに加えて、来訪者をもてなす様々な仕掛けが至る所に施されているという、忍者屋敷顔負けの空間と化していた。
並大抵の時間ではここまで設備は用意できないだろう。それどころか、部屋にある電子機器からインターネット環境に至るまで、どうやって準備したのか。本当に、どれだけ暇人だったのかと、ライトも思う部分もあるのだが――彼も本音を言うと、人間が驚き、恐れおののくさまを高みの見物で眺めるというのは見世物としては悪くないと楽しんでおり、この余興に関しては積極的に参加していた。
「さあて! 久しぶりの客だからな! 思う存分もてなしてやるか!」
「先輩。何かあいつら、入口のところで立ち止まってるっすよ」
「え? なんで?」
「さぁ。ちょっと音上げてみますね」
その奇妙な行動に、二人は首を傾げる。まさか、カメラの位置に気付いた──いや、それはさすがにあり得ないが、どうも様子がおかしい。
ライトはマイクの音量を上げ、カップルの声が聴こえるように調整する。
『ねぇ、ちょっと変じゃない?』
『確かに、変だな』
はっきりと聴こえた。何か相談しているようだ。何か不自然な点があったのは間違いない。怪訝な表情を浮かべながら、二人はその会話に耳を向ける。
『なんでここ、廃墟なのにWi―Fiが入るの?』
あ、やべえ。ライトの心中に四文字の言葉が浮かび上がった。
「おいライトオオオオオオオオオオオオ‼‼‼」
「うおおおおおおおおおおお‼」
サヤが叫ぶのと同時に、ライトはルーターのコンセントを強引に引き抜く。
『あれ、切れた。なんだったんだろ』
『やっぱバグだろ。こんなところにWi―Fiが通じてるわけないし、さっさと入ろうぜ』
間一髪。もう少しで、すべてが台無しになるところだった。
「だーかーらぁ! 客が来たらルーター引っこ抜けって言っただろ! バレるところだったじゃん!」
「も、申し訳ないっす……」
「ったく、まあ忘れた私にも落ち度はあるけど、そういうところだぞ。気を引き締めておけよ」
「う、うす」
元はと言えば、パスワードを設定していない先輩が悪いんじゃねえかな……と一瞬ライトは思ってしまったが、さすがに言えない。こればかりは自分のミスを認め、謝罪した。
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