幼女幽霊のサヤ先輩

海凪

第1話 堂山太陽

「ぎゃああああああああああああ」


 テレビに映し出された女優の絶叫と同時に、画面は暗転に包まれ、スタッフロールが流れ始めた。その連なる人名を眺めながら、鑑賞していた若い男はこの映画に何人の関係者が関わっているのかと、ふと疑問に思ってしまった。百人、二百人、それ以上だろうか。そのうちの誰かひとりでも、この映画の脚本に異議を唱える者はいなかったのか。

 要するに、酷い映画だった。脚本から演出に至るまで、褒められる部分は一つもない。


「……おう。どうだったこの映画」


 隣で一緒に鑑賞していた〝先輩〟が男に声を掛けてきた。


「……いや、正直くっそつまんなかったすけど」


 正直に、男は思った通りの感想を述べる。


「まあ……面白くはなかったねぇ」


 先輩はリモコンを操作しながら、そのまま映画のレビューを確認する。

 その評価は──五段階中、星一つ半。当然と言えば当然だろう。それでも高すぎるくらいだ。男なら、最低評価の星一つを付けている。


「ほらやっぱり。ねぇ先輩。いい加減、映画を見る前はちゃんと評価も確認した方がいいっすよ。時間の無駄ですって」

「馬鹿野郎、そんなの見たら、先入観で正当な評価ができなくなるだろうが。私は私の評価しか信じないんだよ」

「じゃあひとりで見たくださいよ……俺まで懲役二時間に付き合う必要ないじゃないっすか」

「なんで私ひとりだけでクソ映画見なきゃいけないんだよ! どうせ時間なんてめちゃくちゃ余ってるんだから、お前も道連れじゃ!」

「ひ、ひどい……」


 日課の一日一本ホラー映画鑑賞会が終わり、先輩は傍にあるゲーミングパソコンを起動して、愛用のゲームで遊び始める。

 男は先輩との共同生活を続けて半年近くが経過したが、ようやく、この鑑賞会の目的を察した。彼女はただ単に、自分だけが時間を損するということが何となく気に入らないだけだ。それだけのために、彼を巻き込んで鑑賞会なんて開いている。

 好きでもないホラー映画を毎日一本見せられるというのは男にとっては中々苦痛だ。いや、それでも内容次第では文句はないのだが──問題はその大半がレビューサイトでも精々星一つか二つのいわゆる〝Z級〟という種類に属される映画だということだろう。


 低予算。過剰な演出。チープな演技。そして、なぜかゴア描写だけは力を入れて、無駄にグロテスク。ファンにはたまらない映画群なのだろうが、一般的な感性を持つ男にとっては「キツい」という他ない。改めて、なぜゴア表現だけは無駄に力入れているのかが謎だ。そんなことに労力割く暇があったら、脚本をどうにかしろ。殺すぞ。と、何度思ったことか。

 と、心中では愚痴ってはいるのだが、いい暇潰しになっているのは確かだ。先輩の言う通り、彼らには時間が有り余っている。なぜなら──


「……幽霊、なんだもんなぁ」


 半透明になっている自身の腕を眺め、男は呟いてしまった。


 *


 堂山太陽ドウヤマライトはどこにでもいる普通の青年だった。いや、普通というには少しヤンチャな外見をしているが、根は真面目な分類に属する。

 髪を金髪に染め、耳にはピアス、背中にはその場のノリで入れてしまった龍のタトゥーが入っている。一体、いつからこのような姿になってしまったのか。その発端はやはり両親の存在が大きいだろう。

 彼の両親はどうしようもない親だった。父はギャンブル中毒者であり、ほとんど家に帰ってくることはなく、母は水商売をしており、小学生の頃には半分育児放棄をしている状態。中学を卒業する頃には家を出て、それ以来、ライトは両親とは会っていない。そのような家庭環境で育ってしまえば、道を踏み外してしまうのも当然だろう。


 余談ではあるが、ライトという名前は当時流行していた漫画の主人公が元になっている。その主人公は世紀の大量殺人者なわけだが、そんな名前を自分の子どもに付けるような親だった。


 気が付けば、彼の交流関係は不良、ヤンキー、反グレ、反社会的団体といった者たちで構成されていた。甘い言葉で人を欺し、暴力で支配することしか頭にない連中。しかし、その中でも、ライトは最下層の底辺パシリだった。

 他人に暴力を振るったことは一度もなく、血を見るだけで蕁麻疹が出る。そのような性格ではパシリの太鼓持ちになるのも必然。きっと、このまま人生を歩み続ければ、いつか犯罪の片棒を背負わされ、刑務所で暮らすことになっていただろう。


 そんな彼が死んだのは──今から半年前。世間がクリスマスシーズンでにぎわっていた頃だった。

 なんてことはない。よくある話。若者が、バイクの走行中に不注意により、事故死。日本全国で年に何度も耳にするニュースだろう。まさか、自分がその当事者になるとはライトも思わなかったが、どうせ他人にいいように利用されるクソのような人生、そこまで未練はなく、運命だと思って死の寸前には割り切っていた。だが、奇妙なことに、彼の人生はそこでは終わらなかった。

 事故により意識を失い、目が覚めたライトの視界に最初に入ったのは──血だらけで倒れている自身の体だった。

 最初は事故を起こした相手だと思い、血の気が引いたのだが、それにしてはどうも様子がおかしい。見慣れた服装、またもや見慣れた大破したバイク。不審に思い、ヘルメットを外してみると、そこには毎日鏡で見慣れている顔があった。


 その時、やっと理解した。自分ライトは死んでしまったのだと。よくよく自分の姿を観察してみると。体が半透明になっており、太股から下の脚部が消滅していた。世間一般で言うところの幽霊という存在になってしまったのだろう。

 最初は死んでしまったことに対して多少の困惑と葛藤はあったのだが、なってしまったものは仕方ない。その後、一週間ほど、ライトは幽霊生活を楽しむことにした。

 幽霊として過ごすうちに、判明したことは二つ。どうやら、彼の姿は誰にも見えておらず、活動可能範囲に限界があるということだ。この範囲の問題は後々、彼が幽霊の中でも地縛霊という種類に属していることが原因だということが発覚するのだが、要するに、彼はこの街の外へ出ることはできなかった。

 しかし、すぐに幽霊生活には飽きが来ることになる。当然と言えば当然だろう。誰からも存在を認識されないということは一生孤独で過ごさなくてはいけなということ。誰に話しかけても反応はなく、それどころか、人に近づくとなぜか気分が悪くなってしまう。一日、二日ならともかく、それが永久に続くかと考えた時は──気が狂いそうになってしまう。そこで、彼は名案を思い付いた。


 仲間だ。まずは仲間を探せばいい。自分が幽霊になったのなら、他の幽霊も存在するということの証明にもなる。つまり、幽霊の集まる場所に行けば、同族と出会うことができるのではないかと考えたのだ。そして、その場所には一つだけ心当たりがあった。それが〝十条病院“だ。

 この病院は地元の者なら一度は聞いたことがある心霊スポット。戦前から続く歴史がある病院らしいのだが、昭和後期に医療ミスが発覚し、あえなく廃業。その後はなぜか建物が取り壊されることがなく、廃墟として残り続け、心霊スポットとして名を馳せることになったという。


 ここなら必ず仲間の幽霊がいるはず。ライトの直感は──正しかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

幼女幽霊のサヤ先輩 海凪 @uminagi14

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画