第28話

 彼女が今日の散歩に選んだのは、なんてことない住宅街から一歩出た大きな道路だった。

 相も変わらず街灯に跳ねる金色の光。


「うぅ寒い」


「わかる。ちょっと歩いたらすぐ帰ろうぜ」


「いや!だから歩くの!」


 テンポが上がる双葉の足音、これじゃもう運動なんだよ。社畜の体力のなさを舐めるなよ。


 白い息が車道を走る車のライトを受けてぼんやり光る。綺麗だな、なんて場違いな感想も夜の闇に吸い込まれていった。


「今私の口元見てた?」


 どうして目が合ってもないのに気がつくんだ。勘か?だとしたらプロのギャンブラーになった方がいい。


「見てねぇよ」


「うそ、みてた」


 歩幅は穏やかに、やがていつもの俺たちの速度に戻る。

 白い息が俺の視界を曇らせる、隣から香る甘い匂い。


 突如腕を掴まれて身体の向きを変えられる。


「んー、そんな眉間にしわ寄せて」


 細い指は俺の鼻をツン、と突くとそのまま上へ。


「糸森は昔から変わんないよね」


「そうか?顔つきとか変わっただろ、疲れた社会人顔になってるはずだ」


「それはそう」


 こいつ……!生意気だが、口調が優しいからか全部許せてしむうんだよな。


「お前も……変わんねぇよ」


 変わらないのだ。どれだけスタイルが良くなって顔つきが変わって髪色を派手にしようとも、昔から俺のことを揶揄って楽しむところ、恥ずかしくなったら顔を逸らして髪先をくるくると指でいじるところとか。ほら、今みたいに。


 だから突然俺に会いに来た時も違和感なく話せたのだ。


「そう?私は結構変わったと思うんだけど……」


 徐々に小さくなっていく声。

 車の通り過ぎる音にかき消されそうな言葉は、それでも俺の耳には届いて。


「まぁどっちでもいい、双葉は双葉だろ」


 そう言うと彼女の顔を見ずに歩き始める。慌てて後ろから追いかけてくる気配。


「ふふっ」


 やがて双葉は隣に並ぶとこちらを見て声を漏らす。


「恥ずかしいなら言わなきゃいいのに〜」


 彼女は嬉しそうに呟き、まるでこれが当たり前だと言わんばかりに俺の腕に自分の腕を通すと、そのままきゅっと身体を寄せた。


 少し体温が上がったのはきっと、彼女のせいだ。

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