第24話

 ツンツンしている桜河と共にエレベーターへ乗り込む。ボタンを押す速さにも彼女の気持ちが現れている。


「なんか、その、すまん……」


 ここは謝っておくに限る。どうせこの後もとばっちり食らうんだろうなぁと思いつつも、誠意を示すことが、、、。


「糸森君のせいじゃないけど!」


 こわ、下手なことするのやめよう。

 というかなんで俺がこんな目に……昨日社員証をあいつの家に忘れたからか?


「というかさ、糸森君。」


「はい!」


 思わず背筋が伸びる。ここ数年桜河と毎日顔を合わせているが、ここまで怒ってるのを見たことないぞ。

 客と揉めた時も上司に理不尽な仕事を押し付けられた時も、いつもさらっと捌いているあの桜河が。


「彼女いないって言ってなかった?」


「言ってました!ごめんなさい!」


「じゃあ双葉さんは彼女なんだ」


 腕を組んだ桜河の指先がとんとんと跳ねる。なんで俺が怒られてるんだよ。

 やがて間抜けな音が鳴ってエレベーターの扉が開く。


「違うぞ」


 「開」ボタンを押しながら彼女に先を促す。少し後ろを歩きながらの無言の時間。


「でも散歩したり部屋を行き来してるんでしょう?」


「……はい」


「彼女じゃないのに?」


「彼女じゃないのに」


 早く事務室に着いてくれ、こんな尋問終わらせたいんだ。段々とゆっくりになる桜河の足音。

 やがて扉の前で彼女はくるりと振り向いた。


「ねぇ」


「はい!」


「今から私の言うことには全部『はい』で答えてね」


「え〜なんで……」


 キッと睨まれる。別に悪いことしてないじゃんか俺。


「双葉さんとは付き合ってない?」


「はい」


「昨日は部屋に行っただけ?」


「はい」


 だからそうだとずっと言ってるじゃねぇか。


「仕事での私を尊敬してる?」


「はい」


 お、雲行きが怪しくなってきたな。

 と言いながら少し楽しくなってきたのはここだけの秘密だ。次はどんな質問が来るんだろうか。


「そんな桜河さんに美味しいご飯を奢ってあげたくなってきた?」


「……はい」


 得意げな顔をして彼女は鼻を鳴らす。


「そこまで言うなら仕方ない、今度ご飯に行きましょう。約束ね!」


 片目をパチリと閉じると、そのまま桜河は社員証を扉に翳して中へと入っていった。

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