第21話

「集合!」


 オフィスに戻った俺は、席に着いた途端桜河に呼び出された。


「なんだよ、昼休みもう終わるぞ」


「糸森君って彼女いるんだ……てかもしかして結婚してる……?」


 同僚からの唐突な質問に戸惑いを隠せない。幸いなのは、彼女が声のボリュームを落としてくれていることだろうか。

 一体どうしたんだ突然、と思ったのも束の間、心当たりがじわじわと頭にわきあがってくる。


「見たか……?」


 何を、とは敢えて言わない。

 首がとれるのかというほど激しく頷く桜河。あー……やっぱりこっちに一緒に来るんじゃなかった。

 さてどうやって誤解を解いたもんか。


「あー、あれは彼女じゃなくてな」


「奥さんってこと!?」


 結論を出すのも返事も早い。違うんだって。

 時計を見るともう始業まで2分といったところ。


「最後まで聞けって。高校の同期で近くに住んでるからたまに会うんだよ」


 嘘は言っていない。


「いやぁ偶然近くに住んでても昼休みに会社抜け出して外お散歩しないでしょ〜」


 彼女は瞼を半分閉じてなおも食い下がる。何がそんなに気になるんだ。


「とにかく!なんにもないって、ほれほれ仕事始まるぞ」


 彼女を椅子に座らせて、自分もPCと向き合う。「え〜」とぶつぶつ文句を言っている桜河は一旦無視だ。

 タイミングを見計らってか否か、スマホに双葉からチャットが届く。


『さっき多分会社の人に見られてたけど大丈夫?』


 こいつ、気付いてやがったのか。なら言えよ、その時に弁明した方が傷は浅かったはずだ。


『気付いてたなら先言ってくれよ。さっき問い詰められてた』


『あちゃ〜……でもいいんじゃない?』


 何がいいんだ。彼女をここに召喚して説明してもらいたいくらいだ。

 いや、そんなことしたらもっと燃えるか。それにしても桜河ってこんなやつだったか……?もっとサバサバしていた気がするんだが。


『もしどうしてもって言うなら彼女のフリ、したげるからね』


 そんな起こりえない未来の話を軽くいなして、俺は山のように積み上がったタスクに手をつけた。

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