第19話
「やっきそば!やっきそば!」
楽しそうにつぶやく彼女は鉄板越し。
長い髪が鉄板き当たってしまわないか心配で、跳ねる毛先を目で追ってしまう。
徐々に集まってきた熱に、冷たい風で凍った肌が溶かされる。
もう本格的に冬、秋はいったいどこに行ってしまったと言うんだ。
朝はコートを着た双葉しか見ていなかったが、今の彼女は
ニットワンピ姿だ。
スタイルもばっちりな彼女は目に毒、もとい眼福だが、高校時代を知っている身からすると少し寂しさもある。
「糸森は何頼む?私はもう塩焼きそば一択なんだけど」
決めるのが早いんだよ。
というか俺まだメニュー見てないだろうが。
メニューを寄越せと手を差し出すと、その上に双葉は自分の手を重ねた。
世界が違えばここからダンスが始まるんだろうか。と錯覚するほどに自然な流れ。
「どした〜?手繋ぎたくなった?寒いもんね」
けたけたと笑いながら俺の手をむにむにする彼女。うわ柔らか……じゃなくて!
「違うわい、メニューくれって」
「あは、冗談冗談!」
彼女が選んだのは塩焼きそば、写真ではどっさりとねぎが乗せられていて美味しそうだ。
うーん、ここはお好み焼きにするか。満月のようなまん丸に滴るばかりのソースと細いマヨネーズがかかっているのを想像し、思わず唾を飲み込む。
水を持ってきてくれた店員さんに早速注文、この短い昼休みに果たして食べ終えられるだろうか。
「そういやクリスマスって何すんの」
自分でも突然だと思うが、そろそろ聞いておかないと。
双葉は目線を斜め上に移して思案顔。
あぁこの顔は昔からよくしていたな……懐かしい。一体斜め上に何があるって言うんだ。
頭の回転を早くする神様でもいるのか。
「そうだなぁ、せっかくだしクリスマスっぽいことしたいかな」
クリスマスっぽいこと……?だめだ、自分の想像力が低すぎて何も思いつかない。
「イルミネーション見てチキン食べるとかか」
「あまりにもテンプレじゃない?それ」
「テンプレにはテンプレのいいところがあるんだよ」
王道には王道と呼ばれる所以があるのだ。まぁただ、それが彼女の求めているものかどうかはわからないが。
双葉は俺のことを知りたいと言った。ならば俺も彼女のことを知ろうとすべきなのではないか。
こんな昼休みに来た鉄板屋で考えることでもないか。
「私はね〜、プレゼント交換したいかも!」
満を持してという声で双葉は提案する。早速、今の彼女を知るチャンスの到来だ。
「もちろん、糸森といれたらそれでいいんだけど」
最後に小さく付け加えられた一言で、俺の心臓はどくんと跳ねた。
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