第13話
ばたむ、と車のドアが音を立てて閉まる。
いつも思う、ちょっと強く閉めすぎたのではないかと。
「これ、行く宛ては?」
うーん、と伸びをする桜河に声をかける。
「あるわけないでしょ……といいたいところだけれど、ちょっと歩いてそのうち取引先に行くわよ」
世知辛い、やはり社畜は労働から逃げられないのだ。
冷たい風が頬を撫でる、もうじき冬だ。
クリスマスまでのわくわくした街と、最後1週間のしっとりとした雰囲気が好きだ。12月は25日を境に世間がその様相を変える。
「寒いのは苦手だわ」
コートまで着て完全防寒の彼女は首を振る。カツカツと鋭い音を響かせて前を歩く。
「暑いよりは好きだけどな、着込めば耐えられるし」
「でも身体の芯から冷えるのって辛くない?」
彼女は冬派じゃないらしい。
色付いた街路樹もそのうち地面に葉を落とすのだろう。
ふと頭に浮かんだのは双葉のこと。こんな寒い日はどうしているんだろう。
つい最近、鍋を両手で掴んでうちを訪問してきた時のことを思い出して口の端が上がる。
「嬉しそうね」
「そうか?……気のせいだろ」
風に吹かれて木々が揺れるが、葉が空中に舞うことはない。
「それで、あの、12月のさ」
桜河は珍しく口をもごもごさせて言い淀む。
それと同時に自分の手に持ったスマホの画面が光った。
『クリスマスイブの夜はうち集合で!』
双葉からチャット。まさかエスパーか?
まだ予定も入ってないしいいか。
独身社会人のクリスマスなんてスーパーでたたき売りしているチキンの残りをかっさらう以外にないんだから。
それが昔からの友人と過ごせるなら幸運でしかない。
「いややっぱなんもない」
目を細めて笑いながら、彼女は言葉を飲み込んだ。
「なんだよ気になるじゃねぇか」
「また今度言うわ」
一瞬だけ寂しそうな顔をした彼女も、少し目を離した隙にいつもの表情に戻っていた。
数分、ビル街を進んでいく。言葉数は少なく、それでも不思議と居心地が悪い気はしなかった。
信号で赤になり俺たちは隣に並ぶ。
いつも会社で見るよりも幾分、彼女の背を小さく感じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます