第12話

 桜河が選んだのは某ハンバーガーチェーンだった。まだ店に入っていないのに、あのいつもの匂いが鼻を抜けていく。


「普段こういうとこ来るのか?」


 どこか懐かしさを覚えながらも自動ドアをくぐる。遠い昔に聞き慣れた音が響いている。


「学生時代は来てたけど最近はないわね〜」


「まぁ会社の近くには無いもんな」


「あっても買えないわよ、オフィスであの匂いさせたら袋叩きよ」


 確かに……。電車内とかでも一発でわかるもんな。


 店内は意外と空いていて、すんなりと注文口まで進むことができた。

 俺はオーソドックスに高さが他のハンバーガーの2倍ほどあるアレのセット、彼女はナゲットとパイ……え、昼ごはんだよな。


「俺だけやたら食ってるやつに見えるじゃん」


「別に間違ってないのよ」


 周りにスーツの人はおらず、俺たちは少し浮いて見える。


「ほら、いる?食いしん坊さん」


 マスタードソースにディップされたナゲットを差し出される。

 どう考えても手で受け取れないそれをどうするか考えあぐねていると、さらに口元へ寄せられる。


「いらないの?」


 桜河が首を傾げた。

 さらさらの黒髪が垂れる……って髪がディップされてしまうわ。


 急いで差し出された黄色のナゲットを口にする。

 彼女が押し込んだからか、俺のひと口が大きかったからか少し指に唇が触れてしまう。


「あ……すまん」


「別に〜」


 何事も無かったかのようにナゲットを食べ進める桜河。気にしないもんか?


 俯いて少し照れている自分が情けなく思えてくる、ふと前を見ると彼女の耳がほんのりと色付いていることに気がつく。


「もう大人なんだから今更でしょ」


 俺に追い打ちをかけるような言葉、こいつ……。


「じゃあ赤くなるのやめろよ」


「うるさいうるさい」


 彼女はぷいっと顔を逸らして黒いカーテンに瞳を隠す。2人でいる時はこうやって幼さが残るところを見せてくれるのはありがたい。

 まぁ別に、彼女の昔を知っているわけではないけれど。


 やがてハンバーガーもナゲットもパイも食べ終えて、俺たちは店を出る。


「ねぇちょっとお腹いっぱいだからさ」


 ジャケットの上からお腹をさすりながら桜河は言う。


「時間あるし、ちょっと歩こうか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る