第9話

 今俺は毎日見ている、されど自分の部屋のものではない扉の前にいた。

 それも双葉が突然「うちでデザートでも食べてかない?」なんて言ったことが始まりである。


 彼女がなぜ今になって自分に会いに来たのか、頭の中をひっくり返してみても答えが見つからない。まさに「状態異常:こんらん」って感じだ。


 そんな隙を咎めるかのように彼女は俺を家に誘った。


「おいまだかよ」


 11月も後半になり。もう息が白い。何をやってるんだあいつは。まさか外に立たされるなんて思っていなかったから、部屋着のままである。

 震えて待つこと数分、やっと目の前の扉が開く。隙間から漏れる暖色の光に身体が少し温まるような錯覚を覚える。


「ごめんごめんお待たせ〜」


「何してたんだ」


「部屋をちょーーっと片付けてた!」


 招かれるまま中へ。

 自分の部屋と同じ間取りのはずなのに、置かれているものの差でここまで雰囲気が変わるのか。


 リビングへ入ると、まず目に留まるのは大きな本棚。そういえば学生の時もよく本読んでたっけ。


 あの頃は黒髪ぱっつんストレートに授業中はメガネと、まさに文学少女という見た目だったのに、いつの間にか金髪になって……大変似合っててよろしい!


 ハイボールを飲んだせいか、思考が散らかっている。


「適当に座ってよ。あと本棚はやめて、恥ずかしい」


「いや目に入るだろ、これだけ大きかったら」


 並べられているのは仕事で使う専門書や小説、雑誌や漫画と雑多である。すぐ近くにデスクがあり、彼女が日中どうやって過ごしているのか想像にかたくない。


 脚の高いテーブルへ着く。

 とてとてと小さな箱を持って双葉が現れる。あれ、今気付いたけど。


「お前着替えてない?」


「うん、せっかく帰ってきたから部屋着に!」


 もこっとしたフリースに惜しげも無く晒された脚。


「危機感無さすぎだろ」


「別に糸森だからいいし」


 彼女はそのまま俺の正面に座ると、フォークを取り出してこちらに差し出した。


「ん!」


「さんきゅ、デザートって?」


「見て驚け!」


 細い手によって小さな箱が開かれる。そこには真っ白なショートケーキが2つ。

 真ん中に鎮座する赤いルビーのような苺が光を受けて輝いている。


「おおお、一人暮らしだと中々ケーキ食べる機会もないから嬉しいな」


「ん?」


「え?」


「いや、私週に1回は食べてるけど……」


 ここで思わず彼女のお腹に目がいった俺を誰も責められないだろう。

 もこもこで隠れてはいるが、お腹が出ている印象はない。


「やだ、見ないでよ。気にしてるんだから」


「すまん、今のは俺が悪い」


 爆速で謝る。謝罪なんて早ければ早いほどいいのだ、これは社会人の鉄則。


「……それで?」


「え、まだなにかあるのか」


「感想は?」


「美味しいです……?」


 とりあえず今口へ運んだケーキの感想をつぶやく。いや、実際美味しいのだ。ぎゅっと詰め込まれた甘さにほのかな苺の酸味、ふわっとした生地にやられてしまう。


「もう、ばかなんだから」


 そう言いながら、彼女は俺のショートケーキのてっぺんにフォークを突き刺すと、つやつやと光を放つ宝石を自分の口へと放り込んだ。

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