第8話

「そういえばさ、」


 鍋も残りが少なくなった頃、双葉に声をかける。

 ずっと聞くのを後回しにしていたが、お酒も入ってなんとなく。


「お前なんでこっちに引越してきたの」


 俺たちの地元はここから少し遠い。何時間もかかるわけじゃないが、週末気軽に帰れる距離でもない。

 そんな彼女がピンポイントにここに引越してきたのには、やはり何か理由があるんじゃないかと思ったのだが……。


「う〜〜ん」


 目を擦りながら彼女は言葉にならない声を上げる。

 そして手に持ったグラスを大きく傾けて、一気に中身を飲み干す。


「言いたくなかったらいいけど」


「久しぶりに会いたくなったから」


 予想だにしない返答、いったい誰に。


 俺の表情を読んだのか、双葉はへにゃっと笑った。下がった目尻は高校の頃そのままで。

 それでも醸し出す雰囲気はどこか年相応に大人びていて。


「誰に」


「そりゃ糸森に」


 言葉詰まる俺、短く息を吐く双葉。

 そのまま俺の隙を縫うかのようにグラスを置いて立ち上がつた。


「理由はね、またいつか教えてあげる」


 彼女が俺の横を通り過ぎる。

 少しアルコールの入った頭では、状況を判断できない。


 それでも状況を整理するとそこまで大きな話ではないのだ。

 自分の住むマンションに旧友が引越してきた。偶然ではなく必然的に。


「そもそも俺がここに住んでるってどうやって知ったんだよ」


 キッチンで手を洗っている双葉に声をかける。シャーっと流れていた水の音が止まる。


「決まってんじゃん、糸森のお母さんに聞いた」


「個人情報の流出じゃねぇか。ってかなんでうちの母親の連絡先知ってんだよ」


「そんなの高校生の時から知ってるよ〜」


 初耳なんだが。え、じゃあ俺の知らないところで情報が横流しされてたってことか?

 なーにが知らないことが多いだよ、もしかしたら俺の大学時代の話まで知ってる可能性あるじゃねぇか。


「まま!細かいことは置いといて!」


 再び双葉はテーブルへと戻ってくる。

 手にはチューハイの缶。あ、人の冷蔵庫勝手に開けやがって。


「これから沢山話す機会はあるんだし」


 そう言うと彼女はぷしゅっと水色の缶を開けた。

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