第四章:4
夕方とはいえこの日も長く、ようやく西陽に差し掛かった頃、俺はまたクユルの家に向かっていた。今回は連絡を入れていた為、行くと既に外階段の中段にクユルが座っていた。俺を見るなり「よう」と手を上げる。俺も手をあげ、無理に笑う顔を見て、そこから彼に近づくことができなかった。
呼び出しておいて、言葉が見つからない。聞きたいことは山ほどあった。あの後、親父さんはすぐに帰ってきたのか。お母さんはまだ家にいるのか。手続き、忙しいんだろ。昨夜はちゃんと寝れたのか。飯は食えているのか。親父さんから変なことを言われていないか。クユル、大丈夫か。
頭に浮かぶ言葉は、どれもこれも聞かなくてもわかることばかりだった。こんな時にまで気の利いた言葉一つも思いつかない自分に、嫌気が差す。
クユルはそんな俺を見透かしてか、親が子に向けるような困り笑顔を作った。
「昨日はごめんな。ありがとう」
「……いいって」
「警察とか、全く思いつかんかったわ。あれ大事なんだな。なんか家の中めっちゃ調べてったよ」
「いや、俺も咄嗟に思っただけだから」
「咄嗟に?やっぱりカナメはすげーわ。……警察の人、ビニール袋みたいなん靴に被せて、それ履いたまま上がってきてさ。何人もよ?で、母さん死んでる場所に、俺ら入れてもらえないの。ドラマみたいだったなぁ」
「そうか」
「ジジョーチョーシュってやつもやられてさ。まぁ、警察の人はずっと俺のことを『可哀想な子』って感じで見てたけど。遺書もなんもなかったから、取り敢えず事件性はないのかってのを調べてたんだろうな。殺人の可能性ってやつ。アイツも色々聞かれてたよ」
「そんなことになるんだな」
ここまで話すとクユルは組んでいた手元に目線を落とし、押し黙った。俺も相槌以上のことを口にするつもりはなく、言葉を待つ。クユルが話したいことはここまでではないのだろうと、思ったからだ。
「……殺人って、どこからなんだろうな」
クユルは視線を落としたまま続ける。
「アイツが殺したようなもんだろ。あの、父親」
俺は何も言わないまま階段の足元まで歩み寄り、踏板の手前で向かい合うようにして立ち止まった。クユルを見上げる。近づいたことで気が付いたが、目の下に青黒い影が落ちている。
「アイツ、あの野郎。母さんのこと"俺を一人にした裏切り者"って言いやがった。散々女遊びして、金だってろくに渡さず、母さんのこと殴りまくってたのに。俺が間に入るようになって止んだと思ったら、今日、警察の人に言われたよ。『身体に痣があるのですが心当たりありませんか』って。アイツ、俺が居ないうちに服で隠れて見えないとこ殴ってやがった。きっとクソみたいな暴言も、俺の知らないところでまだ、ずっと言ってたんだ」
クユルは俯いて、両手で頭を乱雑に掻き回した。頭を抱えたまま、震えた声を漏らす。
「気づけなかったよ……俺」
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