第三章:7
きっと目を見て言った方がいいことなのだ。ただどうしてもクユルの顔を見ることができず振り向かない。何秒かの沈黙のあと、後ろから「あー」と声がした。
「ごめん。俺、めんどくせーこと言ってた」
「気持ちわりーこと言ってたよ。やめろ、もう。気持ちわりーことに対して反論するには、気持ちわりーこと言わなきゃなんなくなるから。おかげさまで俺も事故ってんのよ」
「カナメさん上手いこと言うね。マジで事故だよ、俺」
「ああ、つーか、勘違いすんなよ。言われんのがウザいんじゃなくて、そう思われてんのがウゼーのよ。頼むわ、一緒にやってくんだろ」
「うん。ごめんでした」
「で、わかったんなら、今日仕事、どうなん」
「時間あるってアイツに言えば、仕事ふられると思う」
「そうかい。……で、やるんか」
「やるよ」
学生鞄のチャックを開ける音がしたため振り返ると、彼はいつの間にかサドルに座り、鞄から携帯を取り出して操作していた。親父さんに連絡を取ったのだろう、短い間だけ触ると今度は携帯を鞄に戻すことなくズボンのポケットに入れた。
「返事きたら言うわ」
「どうなんかね、すぐあるんかな。またどっかで時間潰すべきか?」
「いや、このまま俺ん家行こう。そしたらちょうどいいと思う。この時間はアイツ家にいないだろうし、返事がなければ家ん中で漫画読むだけ……あ、違うか。カナメは勉強したいよね?」
「つって、クユルも煙草吸いたいんだろ」
「そう言われると吸いたくなっちゃうじゃん。……あぁもう。駄目だ。吸いたくなっちゃった。カナメのせいだ」
「ああ、ごめんごめん。じゃあ、今の無しで」
「無し?」
「俺の言ったこと無しで。だから吸いたくなっちゃった気持ちも無しにして」
「いや無理だよ。もうなっちゃったもん。なっちゃった気持ちは無くせねーよ。吸いたいもん、もう」
「じゃあもはやそれは俺の責任じゃないね」
「カナメが言ったから吸いたくなったのに?」
「うん。だから、言ったこと無しっつってんだろ。そしてクユルの吸いたい気持ちも、無し」
「いや、だから!ちげーの!もう言ったことも無しには出来ないの!俺が吸いたくなっちゃったんだから!」
「俺は言ったことは無しにはできるけど、クユルは吸いたい気持ちを無しにはできない。これは自分の気持ちを無しにできない、クユル自身の責任だわな」
「待て待て!聞いてましたか!?そもそも俺はカナメが言ったこと、無しにしてねーからな!?無しにできねーって言ってんじゃんよ!」
「俺が言ったもんなんだからクユルが勝手に決めるな。俺の言葉は俺のもんだよ。クユルの気持ちはクユルのもの。自分で責任とれ。俺は責任をとって、言ったことを無しにする」
「逆に責任とってねーじゃん!」
「わかんない奴だなぁ」
「カナメがだろ!もう頭が変になる!」
二人でげらげら笑いながら、軽口を叩き合って自転車を漕ぐ。
俺たちはきっと大丈夫だ。
大丈夫。
きっと全部上手くいく。
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