第一章:2

「死んじゃうのかな、俺のせいで」


 いつもの明るい声が沈んでいる。俺は茶化すことなく「もともと、死期が近かったんじゃないかね」と答える。続いて、自然と言葉が漏れた。


「お人よしめ」


 クユルはこちらを見ないまま「大袈裟だな」と笑い、雛鳥でも包むように両手で蝉をすくい上げた。その瞬間蝉がジジッと擦れるような音を立てて羽を動かしたが、そのまま飛ぶこともなく動かなくなる。クユルが蝉を気遣うように指先で身体の向きを戻そうとするが、何がそうさせるのか、羽を擦り鳴らしてはまたひっくり返ってしまうのだった。

 黒い目が光を反射しているところを見るにまだ死んではいないのだろうが、やはり、厳しそうだ。


 グロテスクな腹を見せながら黒光りする小さな目を見て、違和感を覚えた。どこかで見た気がする、いや、何かの印象と重なるのだがなんだっただろうか。どこを見ているのかわからない、焦点が不明な、この黒々とした……。


 考えていると、クユルが言う。



「カナメだって、自転車で人とぶつかったとしてさ」


「……ん。うん」


「そのせいでその人が瀕死の状態になってたら、ほっとかないでしょ」


「それは話が違うだろうよ」


「同じじゃんか」



 こちらに向かって振り返る。過大評価でもなんでもなく事実として俺の倍程ある大きな瞳で見据え、クユルは「人も虫も、同じだろ」と繰り返した。冗談を言っているわけでも怒っているわけでもなく、純粋に、クユルにとっての常識的な言葉を繰り返しているのだと、真っ直ぐに見上げてくる瞳が物語っていた。



 人も、虫も、同じ。

 それはつまり、クユルにとって、命の価値が同じだということを言っている。



「俺も同じなん?俺も、その蝉と」



 反射的に出た言葉に自分自身で驚いた。もはや独り言に近いそれが我ながら気色の悪さを感じたためすぐさま撤回する言葉に繋げたかったのだが、その前に、クユルが驚いたような表情で勢いよく立ち上がると「当たり前だろ!」と大きな声をぶつけてきた。



「カナメも同じ!一緒だよ!変なこと言うな!」



 再度反射的に出かけた言葉を今度はしっかり飲み込んで、昔からこういう奴だっただろうと自分に言い聞かせる。うまく笑えているか自信はなかったができるだけ微笑んで「そうだな。ごめん、ありがとう」と返した。

 先程の質問はクユルの癪に障ったようで、眉間に皺を寄せ口を尖らせている。そして、蝉に視線を移すと表情が消え、口の中でこねるように呟いた。



「でも、まぁ、虫以下の人間だって、いるけど」



 それがどういうことで、誰のことを言っているのか。聞かずとも想像がついたので返事をしなかった。代わりに、蝉を指差して「どうするつもりなん」と聞いてみる。どうせ土に埋めるか持ち帰るかするのだろうとわかっていたが、話を変えたかった。

 クユルは和かな表情に戻し、ああ、と言う。




「木の根元に持っていって、踏み潰してくるよ」



「は」



「このままじゃ可哀想だから。

 いっそのこと、俺が責任を持ってトドメ刺してくる」




 そうだ。昔から、こういう奴だった。

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