第三章:4

 それからも時間潰しでお互い適当な話をするも、最終的には「暑すぎる」という言葉に戻ってきてしまう。ここではもう頭がおかしくなると大型ショッピングセンターに逃げ込んだ。フードコートにでも行こうとふら付いていると、図らずともその施設内に自転車屋を発見し、もうここでいいやと購入した。


 店員にいろいろ勧められたが俺の素っ気ない対応を見かねてか、途中からクユルが「あぁあー、確かに!確かに便利ですけど!十五分しか乗らなくてですね」と愛想よく断っていた。話がまとまり、レジに行く。自転車を購入する際にいろいろと書類に書かなければならないとかなんとかで、店員は迷う事なくクユルに向かってボールペンを差し出した。横から俺がそれを受け取り「ここに名前っすか」と言った時の店員のあの驚いた顔は、しばらく忘れられそうにない。




 新しいとはいえ特にギアもなければカラーリングもクソもない、価格重視の月並みな自転車を店外で受け取った。クユルの自転車が置いてある駐輪場まで押し進める。



「いやー、これで無事に学校行けるな!カナメさん、本日ぶっ倒れそうでしたし」


「ありがとありがと、ほんと助かったわ。てか、あの店員さん、多分クユルが買うもんだと思ってたよな」


「え!なんで?」


「オメーが愛想よく前に出て話すからでしょーが。俺が名前書く時『いやお前が買うんかい』って顔してたわ」


「マジか。見たかったなー、その顔」



 クユルが前に出て話すから。

 それと、――いや。間違いなく、こちらの方が理由としては大きいのだろう。



「クユル、話しやすい雰囲気あるもんな。いつもにこにこしてるし。話したくなっちゃうんだよ、多分」


「そうかぁ?普通だと思うけど」


「普通なわけあるかい。今日だって、学校休んだからって、友達からめっちゃ連絡来てるだろ」


「え」


「わかるっつーの。公園に行くまでの間、自転車のカゴん中の鞄。あれ、ずっとブーブーいってたわ。携帯入れてたろ。漕いでる時に聞こえてた」


「ああ、そうだった?」


「お前はどこ行っても人気者になんのよ」


「はぁ?なになに、やめてよ」



 高校生になり通う学校が別々になっても、クユルの学生生活が容易に想像できた。きっと周りにはいつも人がいるのだろう。登校すればすれ違う知り合いみんなから挨拶をされ、休み時間にはクユルの机に人が集まり、帰る時には予定を聞かれ、遊びに誘われる。


 昔からクユルは人を惹きつける能力があった。……そう、あれは小手先ではなく生まれ持った能力だ。常に声色が明るく、悪口を言わず、些細なことでも笑ってくれる。勉強は疎いが運動は出来て、少し天然なところもあるが物事への飲み込みも早い。幼い印象はあるものの整った顔つきで、女子生徒からの人気も高かった。何より、優しくて、良い奴だ。


 長い間俺とつるんでいただけで、例えば俺がいなかったとしたら、より多くの人間と友人になっていたに違いない。きっと俺のことを邪魔だと思っていた人間も、少なからずクラスに数人いたと思う。


 別に卑屈になっているわけではなく、事実、そうなのだ。同級生はおろか教師にすら気に入られていた彼に、今更劣等感など無い。……だけれど、中学生の頃。好きだった女子生徒がクユルに告白したのを知った時は、流石に二週間ほど立ち直れなかったが。



「褒めてんじゃんよ」


「だから、そうでもないんだって」


「じゃあ朝ブーブーいってたのは?」


「えぇ?まあ。それは、……高校の奴らだけど」


「人気者じゃねーか」


 茶化されているとでも思っているのかはたまた恥ずかしいのか、クユルは居心地の悪そうな表情を浮かべると話を変えるかのように「そんなことより、自転車買ったけどさ」と俺の新車を指さした。


「今更なんだけど警察、言わんくてよかったん?」


「盗難届のこと?」


「そう、そう。買う前に出せばよかったかなって、さっき思って。戻ってくる可能性だってあったよな。パンク直して乗れた方が安上がりだったでしょ?」


 本当に今更だけど……と小さく付け加え、なぜかクユルが申し訳なさそうな顔をするので「あぁー、大丈夫大丈夫」と手を振り、軽い調子で返事をした。


「いつ戻ってくるかもわからんし。

 それに戻ってきても、きっと直んねーよ」


「そんなん、やってみないとわかんないじゃん」


「わかるんだわ」



 静かに断言した俺を、クユルは眉を上げ怪訝そうな顔をして見る。その視線を受けて俺は立ち止まって、クユルを見返した。



 俺はクユルがどれだけ人気者になっても、卑屈にはならない。

 ドロドロと心臓が重くなっていく。ハンドルを握る手の感覚が遠くなる。言わなくてもいいことなのに、敢えてぶつけたくなる。傷つけたいのか。確かめたいのか。それとも、試したいのか。





 ああ、あの時と、同じだ。





「タイヤ、ナイフかなんかでバッサリいかれてんだぜ」




 驚いた表情で固まるクユルに息を漏らし笑うと、前へ向き直り「帰ろう。早く終わったし、今日仕事あるんならやっちまおうや」と自転車を押し進めた。

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