第三章:3
「そういう時代の人なんだろうな。飯抜きとか、体罰とか、減点方式的な」
「へぇ?いや、にしても、毎日だろそれ。飯食えなきゃ頭も動かないでしょ。それでおまけに、まごの手で殴られて」
「そういや、俺昔、坊主だったじゃん。ばーちゃんがバリカンで刈っててさ。けど、いつの間にか坊主にしなくなったじゃんか。あれ多分、まごの手で頭ぶん殴った時に出来る痣が、坊主だと他の大人に見つかっちまうからなんだよ」
「マ、ッジか。ばーちゃん、冴えわたってんな」
「キレッキレよ。最近気づいたんだけどな。
……あぁ。もしかしたら、殴らなくなったのも俺が成長してきたのがあるのかも」
「えぇ?」
「今は俺よりばーちゃんの方が、断然小さいから」
「っはー!なるほどね!カナメに、やり返されるって?」
「そーそー。俺が反旗を翻したら完全にばーちゃん、勝ち目ねーからなぁ」
「そーかな?」
「“そーかな?“じゃねーわ。疑う余地ねーだろ」
「まごの手持ってんのよ?あの、まごの手を」
「なめるな。ばーちゃんはばーちゃんなんだから、まごの手持ってても勝負にならんわ」
「わからんよ」
「まごの手のことピストルかなんかだと思ってる?」
「ちょ、……ちょっと。待って。腹いてぇ」
「笑いすぎだっつーの」
たしなめといて、終始大笑いをするクユルにつられて苦笑いを浮かべてしまう。
まあ、わかる。笑えるくらい清々しく、明らかに、祖母の行っていたことは虐待だ。
祖母の勉強に対するあたりが厳しくなっていったのは、それもクユルと同じクラスになった小学二年生の頃からで、割と早い段階で俺への評価は”成績”という数字に直結していった。そしていつの間にか、祖母の満足がいくまで勉学に努めその証拠を示さなければ飯抜きという、シンプルかつ強烈なルールが敷かれていく。その『祖母の満足がいくまで』の難易度が日によって違うため、それもまたゴールの見えないマラソンをさせられているようなキツさがあった。
不思議なもので、当時の俺は、祖母から言われたわけでもないのに”成績に対する評価”こそが”自分の命の価値”であるとも思っていた。それはきっと、生きるために必要である食事が引き換えにされていたからなのかもしれない。比喩ではなくあの時の俺は本当に、自分が生存していくために勉強していた。
「ソルジャーだな。カナメはもはや、ソルジャーだよ。命かけて勉強してんだから」
祖母のことを強く責め立てるでも俺のことを酷く同情するでもなく、楽しそうに笑い飛ばすクユルの声が、あの頃の思い出を”笑えること”にしてくれていた。
小学生の時の俺は、家の中のあの圧迫された空気に肺が潰されそうになりながら、鈍い頭を必死に動かし、問題を解いていた。集中力なんてとうに切れ、目の焦点がコントロールできなくなって同じ問題文を何度も読み直す。もはや自動的に動く手を黒鉛で汚し続けながら、ただひたすらに机にへばり付いていた。そんな中クユルが家に遊びに来てくれると祖母の機嫌が一変し、俺はその時だけ解放されていた。
昔も今も。
クユルは、俺をあの生活から、あの思い出から、救ってくれていた。
壊れた笑い袋になっていたクユルもようやく落ち着いたようで、笑い疲れたのだろうか大きく息を吐くと「あーあ。はぁ。やっぱり、ばーちゃんすげー」とぐったりした調子で言った。
「まぁおかげさんで、大学も選べるんだけどな」
「ちょいちょい。違うだろ、カナメの努力だろ。よくやるよ、普通グレるって」
「……ああ、まぁ、それはねーわ」
アイスの棒を口に挟みながら、どこを見るわけでもなく呟く。クユルは何かを悟ったかのように先程までとは違う、けれども明るい声色で「一緒に住んだら、わがまま言えよな」と俺の足を小突いた。
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