第二章:8

 本日三件の接客をこなした少女を駅前に送り届け、何を事業としているのかわからない古ぼけた店舗の駐車場へと車が侵入していく。畑に囲まれている場所に加え時間も時間だからなのか、人の気配はおろか車通りすらない。終末のような世界の中で、信号だけが無意味に明かりの色を変えていた。

 駐車していく際に車のライトが一瞬だけ人間の輪郭を捉えた。ライトが過ぎてしまった中で目を凝らすと、煙草をふかすクユルだった。車が無いということはあっちの方はすでに解散したらしい。集合した時とは違う場で解散することもこの仕事はよくあることだった。ここで俺とクユルは手当てを持ち、親父さんの迎えを待つ。



「じゃあ、今日はありがとうございました」



 封筒に入っている一万円を抜き取り差し出すと、男は受け取りながら「あ、俺も一本、吸ってこうかな」と煙草を探すようにポケットに手を突っ込んでいた。

 俺は「そうっすか。お疲れさんでした」と告げ、座席に何も残していないか確認しつつ紙袋を持って、車を降りる。




「おう、お疲れ」


「……おー、お疲れ」



 クユルは長く煙を吐きながら呼びかけに答え手を挙げると、疲れたような笑顔を作った。「どうだった」と言葉をかけると、クユルはひと吸いした煙草を指で挟み持ち、そのまま親指の爪先で額を掻いた。



「いやー、今日の女の子やべかった。二件目終わってから途中、なんか泣き始めちゃって」


「うわお、そら大変だったな」


「客になんかされたんかって聞いたら、そうじゃなくて”自分はゴミ”とか言い始めてさ、待て待てって。もうそっからカウンセリングよ」


「あー……、まあ、あるな。時々そういうのも」


「なんも言えないよな、俺たちがさぁ。その子に乗っかって稼いでる俺たちに、何が言えるんだろうな」



 何も言わず、クユルの横顔を見る。真っ直ぐ遠くを見つめるその目は、やはり、こんな世界では異質に思えるほど綺麗な瞳をしていた。




「ねえ、ねえ、君たちさ」



 近づいてくる足音と共に声がする後方を振り返る。そこには煙草の煙を吐きながら「ちょっといいっすか」と口角を上げているドライバーの男がいた。特に目配せし合ったわけではないが、俺たちは顎を引くようにして俯き、キャップの鍔で目元を隠す。



「そっちの子も打ち子だよね?二人とも未成年でしょ。そんな服着てそんな帽子深く被って。いや、ねえ。隠してんだろうけど、声の感じや話し方でわかるよ?こんなことしてて良いの?ヤバいでしょ」



 視線のみ動かしクユルを見ると、ただ黙って、男を見つめていた。話しかけられたならば親父さん以外には例外なく愛想よくふるまうクユルが、睨むわけでも、怯えるわけでもなく、ただ無表情で見据えている。取り敢えず男の話を聞いているといった横顔。


 男に視線を戻す。車内でも痛い奴だと思っていたが、もう少し警戒しておくべきだったと後悔が過ぎる。



「親御さんは知ってんの?二人が通っている学校もさ、このこと知らないでしょ。大学生……か、え、もしかして高校生?だったら受験とかあるんじゃないの?バレたらまずいでしょ」



「何が言いたいんすか」



「そうそう。やっぱ君、話早いねー。客取るのも早かったもんね。

 何が言いたいかっていうと、そのお金。それさ、少しだけカンパしてよ」



 緊張が走る。こめかみが突っ張り、全身の皮膚に細かな痛みが刺さる。刺激してはならないと、身体に力が入る。

 俺たちが未成年であること、学生であることを話に出してくる人間は、大抵それをネタに揺すってくる。この手の脅しは珍しくはない。俺たちが通う学校のことなどこの男に特定できるはずもなく、こんな脅しにもならない揺りは親父さんが来るまで適当なことを言って凌げばいい。




 俺が警戒しているのはこの男ではない。

 クユルだ。

 この流れは、初めてクユルと仕事をした時と似ている。




 クユルの異常性を目の当たりにした、あの日と。





「あれだよね、手当の額とやり取りの履歴を付け合わせるでしょ?だからさ、それ、君たちが使いこんじゃったってことにしてさ。子供だからそんなに怒られないって。親御さんや学校にこのバイトのことバレるより、そっちの方がマシじゃない?」




 視界の端でクユルが動く。右手に挟み持っていた煙草を、咥える仕草。それは吸うためではなく手をあけるための動きだったのだと、この直後知る。





 深夜の空気も震えないほど静かに、クユルが呟いた。



「なんだこいつ」



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