第二章:5
ドライバー、打ち子に分かれる。俺とクユルは当然免許を持っていないので打ち子となり、出会い系サイトなるもので女性になり代わって客を見つけ、時間やら場所やら支払いやらのやり取りをする。そういったメッセージのために文字を打つので『打ち子』。そうしている間にもう一人の男が所謂ドライバーとなって車を運転し、現地に向かう。
俺の仕事は打ち子の他にもう一つある。女性への対応だ。移動中、客とのやり取りがあらかた終わると、後部座席に座っている女性へ流れを説明し、最中に要るであろう諸々の物を渡す。やり取りをするこの時間が、未だに慣れない。
クユルと目を合わせないまま別々の車へ向かった。今回俺が同じ車に乗り込む男は細身な体格で、身長は俺やクユルより少し高いように思えた。よく見ようとしなかったので顔つきはわからないが、恐らく年齢は二十代後半から三十代くらいだろう。履いているジーンズはもともとデザインとして大きめな作りなのだろうが、歩くたびに輪郭に沿うように不自然にだぼつき、むしろ脚の細さが目立っていた。細い腕には血管が浮き、そこに数珠やら腕時計やらシルバーの何やらよくわからないブレスレットなど、じゃらじゃらとつけている。
乗り込んだ車内には助手席に俺、運転席に男と、後部座席に女が一人。三人が皆、口を開かない。どことなく、後部座席から緊張感が伝わってくる。それは横にいる男も同じなのか、バックミラーを見上げる素振りが視界の端でちらついた。
渡されていた携帯を操作する。そういうサイトにすでにログインされており、地域で絞り、手っ取り早く、かつ少しでも羽振りのいい人間を探し出す。女性になりきり普段の自分からは到底出てこない言葉をひねり出し、文字を打ち込んでいく。
一瞬呼吸を止め、誰にも悟られないように息を吐いて、酷く重い口を開く。
「すんません、いくつなんすか」
「あ……十六歳、です」
彼女は言い出しの声が掠れていて、言い終わりに咳払いをした。震えているとも捉えられる、か細い声。
一個下という衝撃が顔に出ないよう、だが、思わず携帯の操作が止まる。運転席から視線を感じた。深く被っていたキャップの鍔を更に下げ、一番端までチャックを上げていたジャージに口元を埋めて、指を動かす。何を今更……前回もそれぐらいの歳だったろうがと自分に言い聞かせ、見えない相手とやり取りをする。
十代なんてものはすぐに相手が見つかる。車内のナビに目的地を登録すると、男がシフトレバーを下げた。
暫く車が進むと、男が「ねぇ」と声を発した。明らかに少女……いや。女を相手にする時の、高く、不純な魂胆が滲み出る、ねっとりとした声。
「初めてなの?こういうの」
「これは、初めて、です」
「じゃあ不安だよね?大丈夫大丈夫、客と何かあったらすぐ連絡してね。俺ら近くに車停めて待機してるからさ」
「はい」
「てか、十六歳って、俺が言うのもなんだけど勿体なさすぎるなー。なんでこんなことしてんの?お金必要なの?」
無言。
「ごめんごめん、変なこと聞いちゃったね」
ヘラヘラと笑う男に、少女は静かに言う。
「同じ、ですよね。ここにいるみんな。
お金が必要だから、ここにいるんですよね」
見なくとも、男の顔が引き攣っているのがわかった。車の駆動音が車内に響く。各々この空気をどう感じているかは不明だが、俺としては無駄な会話は無い方が幾分か気が楽だったため、深夜の樹海のような空気は都合が良かった。ナビを見て目的地に近づいてきたと判断し「今から説明します」と後ろに声を投げる。
「アルコールティッシュ。これで、始める前に相手のやつ、拭いてください。痛がったらなんか病気持ちかもなんで、要注意っす。で、次、コレ。使わなかったら毎回返却してもらいます。返却できない場合、例外なく本番したってみなして、手当確認するんで。あとこれ、ローションっす。お金もらったらこの封筒に入れてください」
俺は後ろを向かず、後方に手を伸ばし、説明に沿って紙袋から物を渡していく。「じゃあ、お願いします」と切り上げようとすると、少女が「あの」と声を出した。
「これ、使ったことないんですけど、使った方がいいんですか」
顔を上げないように浅く振り返ると、半透明の容器にオレンジ色のキャップのボトルを持ち上げているのが視界に入る。息が一瞬詰まるが「自由っすけど、まぁ滑り良くなるんで、仕事早く終わるかもってことで」と伝えると「そうなんだ」と少女は頷いた。少女のその幼い仕草にクラスの女子生徒と背格好が重なったからなのか、男の荒い運転のせいなのか。胃がせり上がる気分の悪さを感じ、前を向く。それと同時に車が停車し、男がサイドレバーを引いた。
「ここ?建物……名前、見えねぇ。見えます?」
「あ、……あー、見えます。合ってます」
「え。あ。じゃあ、もう始まるんですか」
「まぁ……。202号室。携帯ずっと持ってるんで。連絡きたらすぐ気づけますんで、何かあれば」
「じゃあ頑張ってねー」
数秒の不自然な間。そして後方から、ぎこちなくドアの開く音。その瞬間、まとわりつくようなもったりとした、けれども皮膚を刺すような空気の圧がうなじを触った。実際に振り返り彼女を見ているわけではないが、今まさに、俺たちに向かって視線を送っているのではないか。この空気の圧は、その少女の視線だ。恨むような、助けを求めるような、縋りつく念が籠った視線――。
実際にはほんの僅かな時間だったのだろうが、堪らず”早く行ってくれ”と願った頃にドアが閉まる音が響き、車内が揺れた。責められているような緊張から解放され、溜め息をつく。
男が「十六歳だってよ!十六歳!はーあ。これ終わったら流れで俺と一回くらいやってくんねーかな。払わなきゃ駄目っすかねー。そこら辺の客と一緒にしてほしくもないけどね」とほざいていたが、こいつとまともに会話をしてしまっては何かが
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